レーゾンデートルⅡ

 健ちゃんが猛然と剣を振るってくる。

 僕はそれをかわしつつスキルで氷の剣を作り、応戦する。

 刃と刃が交じり合う特有の甲高い音が部屋に響く。



 なんでかは分からないけれど、今日はスキルの発動がうまくいかない。

 剣どうしがぶつかるたびに僕の氷の剣はひび割れ、壊れてしまう。

 その度に僕はスキルを使い、剣を作らなくてはならない。

 その分、当然体力は削られるし、劣勢にもなってしまう。



 だんだん能力発動に時間がかかるようになってきた。

 僕は氷の剣を作るのを諦めて、2本の短刀に持ちかえる。

 さっきよりも攻撃範囲が狭くなるから、より相手に近づかなきゃいけない。

 でも、健ちゃんの磁力のスキルによって、それは阻まれてしまう。



 やがて、健ちゃんが突き出した切っ先が僕の腹部を貫通した。


「がぁっ……‼」


 思わず呻き、ひざまずいてしまう。

 それでも健ちゃんからの追撃は止まらない。

 言葉もなく、ただただ僕を殺しにきている。

 早く立って反撃しないと。

 しかし、いくら立ち上がろうとしても、もうそんな体力も僕には残ってなかった。

 なんとか致命傷を受けるのを、地面に転がりながら間一髪で避けるのが精一杯。

 だが、その体力もすぐに尽きてしまった。



 健ちゃんが攻撃を止める。

 床に突っ伏したまま立ち上がれない僕に向かって言葉を掛けてきた。


「お前、弱くなったな」


 弱くなった、か……。

 否定できないな。

 ちょっと前までこんなんじゃあなかったのに。

 なんで僕は、こんなにも弱くなったんだろう。



 続いて、頭の上から声がした。


「無様だねえ、シキ君。稀代の殺し屋――”悪魔”ももう時代が終わっちゃったみたいだ」

「…………」


 返す言葉も見当たらない。


「君はフレンズ研究における功労者だ。だからいくら君がフレンズだからといっても虫けらのように殺すつもりはなかったのだが……。残念だ。……安田君、とどめを」



 健ちゃんが僕に近づいてくる。

 僕の目の前まで来て、剣を振り上げて。



 そこで僕は目をつぶった。




「…………」


 いつまで経っても衝撃は来なかった。

 目を開けて、健ちゃんの方を見てみる。

 振り下ろされた剣は、僕の首にあたるすれすれのところで止まっていた。


「ふっ……」


 笑いがこみあげてくる。

 なんだよ、あなたも人のこと言えないじゃん……。

 僕は笑顔を浮かべて言った。


「健ちゃん……弱くなったね……」


 異変に気付いた院長先生が叫ぶ。


「おい、何をしている、安田君! 早くそいつを殺せ‼」

「健ちゃんが何をしているかって?」


 何も分かっていない院長先生に僕が代わりに答える。

 ちょっとだけ余裕が出てきた。

 いつものように軽口を叩いてみる。


「決まってるじゃないですか。正義のヒーローの引き立て役を買って出てくれたんですよ」

「……ふざけやがって……」


 僕は何とか立ち上がる。

 健ちゃんの肩に手を触れた。

 どうにかしてスキルを発動。

 身体中の水分を固められた健ちゃんは、一時的に動かなくなる。


「ちょっとだけ待っててね」


 小声でそう伝える。



『弱くなったな』


 そう言われてやっと分かった。

 僕がここで何をしたいのかが。


 僕はただ、誰かに認めてほしかったんだ。

 誰かにとっての、ポラリスになりたかったんだ。


 自分の価値を認めてもらうために、誰かの苦しみを肩代わりしようとした。

 時間が経つにつれてその荷物は増えていった。


 やがて、それよりも重い荷物がその上に重なってきた。

 それは、みんなとの何気ない会話の一つ一つ。

 みんなと笑いあった時間。

 いろんな人との出会い。それから別れ。


 余命宣告されたあの日から、そんな日常が、知らず知らずの内に愛おしすぎるものになっていた。

 僕自身の”想い”が、何よりも重い荷物になっていた。


 そんな幻想でしかない荷物に押しつぶされて。

 自分の”やりたいこと”が何なのかすら忘れて。


 僕は弱くなった。


 僕が弱くなったのは、みんなと過ごした時間があまりにも幸せだったから。

 その幸せを、手離したくなかったから。




 ふと、こんな考えが脳裏をよぎった。

 院長先生に向き直る。


「院長先生、私は思うんです。人間は、弱さが積み重なってできる生物なんじゃあないかなって。人間はひとりで何かを成し遂げるにはあまりに無力で、だからこそ、誰かと一緒にいたいって思ったり、誰かを助けたいって感じたり、誰かに認められたいって考えたり……。そんな人間の弱さの象徴みたいな”想い”が重なり合って、強い人間になるのかなって……思うんです」


 まったく、僕ってば、なんで院長先生にこんなこと言ってるんだか。

 それに対する彼の返答は。


「……君が……人間を語るな。……悪魔め」


 そりゃそうだよな。

 でも、僕は断じて悪魔じゃない。

 僕は――。


「失礼ですね。私は――ううん、違う。……僕は、坂本四季だよ」



 目をつぶる。

 息を吸って吸って、それから吐く。

 目を開ける。

 同時に、僕の周りの時間が氷のように固まって、止まった。




 世界が止まる。

 この世界を自由に動けるのは僕だけ。

 僕は、部屋の中央にあるテーブルに置かれたワクチンに向けて歩き出した。



 息が苦しい。

 頭が痛い。

 体の節々が言うことを聞いてくれない。

 普段ならすぐにふさがる傷も、もう治る気配がない。

 めまいがして、その場に倒れこんでしまった。

 立ち上がろうと手で身体を支える。

 その手から光の粒子が出ていることに気づいた。



 もうそろそろ死ぬんだなって自覚する。

 死ぬことはやっぱり怖い。

 みんなから忘れられてしまいそうだから。

 でも僕は思う。

 永遠の命なんて、いらないんじゃないかって。

 自分という存在に限りがあるからこそ、人間はかけがえのない”今”を生きていけるんじゃないかって。



 僕の視線の先にあるワクチンはパンドラの箱だ。

 永遠の命なんて求めちゃダメだったんだよ。



 手を伸ばして、ワクチンが入っている試験管を握った。

 そこで能力を解除した。

 僕の周りの時間が動き出す。

 世界が動き出す。





「……ワクチン……返せっ、それは、僕のものだ‼」


 院長先生は僕がワクチンを持っているのを認識すると、血相を変えた。

 その目の前で、僕はワクチンの入った試験管を握りつぶした。

 ワクチンは世界にこれしかない。

 それももう使えなくなった。



 院長先生は表情をなくし、ただただどこかを凝視している。

 ”フレンズ”という彼の野望は潰えてしまった。

 自分で造り出したフレンズが病院の敷地内で騒ぎを起こしてしまったわけだし、院長先生は責任を取らなければいけないはずだ。

 彼はもう院長ではいられなくなるだろう。


「……これがあなたの地獄ですよ。中原さん」


 そう言い残して、部屋を後にしようと思った。

 でもドアの手前で大事なことを忘れているのに気が付いた。

 再び中原さんへと歩み寄る。


「終わった……僕の夢が……終わった……」


 彼はそんなようなことをぶつぶつと呟いている。

 一つ深呼吸をして、僕は彼に言葉を掛けた。


「でもまだ、あなたの人生は終わりません」


 中原さんは僕をキッと睨んだ。

 そして詰め寄ってくる。


「なぜだ……なぜ僕を殺さない!」

「僕は、のぞみの大切なものを、もう奪いたくないから」

「…………!」


 のぞみには、いつまでも普通でいてほしい。

 フレンズのことなんか全部忘れて、彼女がやりたいことをやってほしい。

 だから僕は――。


「中原さん、一つお願いがあります」

「…………」

「あなたのそのスキルで、のぞみからフレンズについての記憶と、あと……僕という存在を、消してもらいたいんです」

「実の娘にスキルをかけろ、と?」

「はい。のぞみがこれから何にもとらわれずに過ごせるように、彼女に荷物を背負わせないように……彼女に、”脳内補正”をかけてください。お願いします」




 言うだけ言って部屋を後にした。

 どっと肩が軽くなった気がした。




「やっと……何も背負わずに歩ける……」


 そんな独り言をつぶやいた。

























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