レーゾンデートル

 白くて無機質な空間。

 清潔で、それでいて薄気味悪い。

 ここはそんな空間だ。



 最上階まで階段を上り、一番奥にある部屋へと僕は吸い込まれていく。

 自分の心ではそこに行っちゃ駄目だって分かっているのに、身体が勝手にそこを目指している。



 もう、何が何だかよく分からない。

 自分がどうしたいのかも。

 どうすればいいのかも。



 結局のところ、僕には何もないということだ。

 何かを成し遂げる勇気も。

 成し遂げるための方法も。

 ”やりたいこと”すらも。

 何もない。



 ドアを開けると、壮年の男性が部屋の中央に立っていた。


「やけに遅かったね」


 その人――院長先生は窓から見える武蔵小杉の街を見たまま言った。


「……あなたの娘さんに怒られましてね、ちょっとへこんでたんです」

「望海が誰かを怒る? そんなことがあるのか?」

「ええ。そんなことがあるみたいです」

「そうか。……あいつも、成長したんだな」

「はい」

「これから望海にはどんな未来が待っているのかな。親として見るのが楽しみだよ」


 一つ、ここで深呼吸をする。

 院長先生のその言葉に他意はないのだろう。

 だからこそこの言葉を言うのに少し時間がかかった。


「……あなたに……そんな未来は来ませんよ」

「…………」


 これまで何回も繰り返してきたのに、変に意識するとまだ怖い。

 身体が震えてしまう。

 でもそんな隙は見せたくない。

 自分を奮い立たせる。


「……地獄に落ちる覚悟は……できてますね?」


 僕は腰のベルトに差し込んであった2本の短刀を取り出した。

 院長先生はやっとこちらを向いて、薄く笑った。


「残念ながら、僕には地獄に落ちる覚悟だなんて、そんなのできてないなあ。……だからね、こうすることにした」


 院長先生が指をパチンと鳴らす。

 すると背後のドアが開く音がした。

 振り返ると、そこには僕に刃を向ける健ちゃんの姿があった。


「君にはずっと隠していたが、僕も実はスキルコレクターでね」


 院長先生はのんびりとした口調で話す。


「僕のスキルは、触れた相手の思考を操る能力だ。君が僕を殺すつもりだと聞いたから、僕は安田君の脳を操って君を殺してもらうことにした」

「…………」


 健ちゃんの目を見る。

 その目にはもう、かつてのような正義の光はなかった。


「フレンズ、確認。これより、駆除する」


 機械のように、無機質な声で健ちゃんは言った。

 そして僕に突進してくる。


「……健ちゃん、僕らは……どこで間違えたんだろうね……」


 その問いに答えてくれる人はいるはずもなく。

 戦闘が始まった。





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