決壊

 店はもう閉店した後だったが、友里さんに無理を言って開けてもらった。


「なんか飲む?」

「じゃ、カフェオレで」

「いっつもカフェオレだね」

「いやあ、ここのカフェオレは絶品だよ。一回でもここのを飲んじゃったら、もうインスタントのなんて飲めなくなっちゃうよね」

「……お褒めに預り光栄だニャ。ちょっと待ってて」


 厨房でカフェオレを2人分淹れて、四季くんが待つテーブル席に戻る。


「お待たせしました」

「うん、ありがと」

「…………」

「…………」


 気まずい沈黙が流れる。

 まだ私は何を話せばいいのか思案していた。

 私が黙っていると、四季くんが口を開いた。


「のぞみには……会いたくなかったんだけどな……」

「え?」

「なんか……君の顔を見ると、自分に負けそうになる」

「自分に負ける?」

「そう」

「って、どういうこと?」

「さあね」


 また沈黙。

 黙ってカフェオレを飲む四季くんの顔を見る。

 それでわかった。四季くんの考えていることが。

 彼は――。


「ふふっ……」

「……? どうした、のぞみ」

「いや……なんでもないよ」

「ええ、気になるじゃん」

「なんでもないって。……ねえ、四季くんはさ、初めて私と会ったときのこと、覚えてる?」

「峻平くんに初めてここに連れてきてもらった時のこと?」

「うん」

「どうかな。……まあ、ちょっとは」

「私はすっごい鮮明に覚えてるよ。四季くんあの日、私に向かってなんて言ったと思う?」

「えっと確か……」

「『似た者同士、仲良くしようよ』。あの日あなたは、急にそんなこと言ってきたんだよ。それまでずっと人のこと、なんとかどのって呼んで、それにござる口調だったのに……」

「そう、だった? ……………………そうだった、ね」

「あのとき、正直私、あなたのことが怖かった。わからなさ過ぎて。ぜんぜん似た者なんかじゃないよって、今の今まで思ってた。でもね、違った」

「違った?」

「うん。やっぱりあなたと私は、似た者同士だね」

「…………」

「だからさ、私はちょっとだけ、ほんとにちょっとだけだけど、四季くんの気持ちを理解できる。ほんとうはあなたは……一人でいたくないだけなんでしょ?」

「……読んだの? 日記」

「うん、ごめん」

「人の家に勝手に忍び込むとか……」

「私とあなたとは契約関係にあるはずだよ」

「詭弁だね。それは君とじゃあない。君のお父さんとだ。それももう、終わりだけど」

「…………」

「確かに僕は、一人になりたくなかっただけなのかもしれない。フレンズ研究を始めたのも、それがきっかけだし」

「だったら……これからやることの理由なんてないじゃん」

「理由ならある」

「……?」

「……いつも、苛まれているんだ」

「さいなまれてるって……何に?」

「フレンズに関わった人間は不幸になる。フレンズのワクチンのことを『永遠の命のための特効薬』とか言ってるお医者さんもいるけど、そんなの間違ってる。フレンズは関わった人間全員を不幸にする、ただの怪物だ。そしてそれを生み出すワクチンは今の人間には過ぎた代物だ。……僕には、フレンズとしてこれまで何人も殺してきたという罪がある。僕には……怪物を生み出すワクチンをつくってしまったという罪がある。……だから僕は、フレンズのせいで幸せを奪われた人の想いを背負っていかなければいけない」

「……ねえ訊きたいんだけど……それって誰かから頼まれたの?」

「……!」

「違うんでしょ? 別に誰も、あなたに向かってそんなこと頼んでない。……そうやって自分に言い訳して、諦める理由を捜してるんじゃない?」

「……そうだね。諦めたかったんだよ、きっと。君のお父さんと契約したのも、もしも被験者になった患者さんとかに何かあったら、って思ったからで……でも、よりによって犠牲になったのが竜持くんとはね……。友だちの死を目の前で見せつけられて、僕は……もうどうしたらいいのか……」

「どうしたらいいか? それでも生きていたいんでしょ! みんなと一緒に。冷静ぶってないで、少しは本音を言ってよ!」

「僕は――」

「深刻な厨二病患者だよ。『僕はみんなの想いを背負わないといけない』? 笑わせないでくれる? 悲劇の主人公気取ってるのはさぞかし気持ちいいだろうね!」

「……っ! 僕だって! 僕だって生きたいよ! みんなと……いつまでも笑って過ごしていたいよ!」

「なら生きようとしなよ!」

「無理だよ! できる訳……ない……」

「なんで⁈ 『やりたいことをやりたいようにすればいい』。そう言ったのは四季くん自身じゃん!」

「僕はずっとそうやって生きてきた。自分で起こしたことの責任は自分で取ろうって思ってずっと……戦ってきた。だから今さら、この荷物の降ろし方なんて分からない! 分からない分からない分からない! 分からないよぉっ‼」

「……だったら、私も一緒に背負う。そしたらあなたの荷物も軽くなる。それで、まだ生きようよ。いいでしょ、それで!」

「…………」

「…………」

「のぞみ。……君には……無理だよ」

「この頑固者! わからず屋! そんな坂本四季は……大嫌いだ‼」


 感情に任せて言うだけ言って、私はひとり、『フリーダム』から駆け出した。

 なぜだろう、涙が止まらない。

 どんどん溢れ出てくる。

 前が見えない。

 それでも走り出したら止まれなくなっちゃって。



 四季くんはこんなにも追い詰められていたというのに、私は何もわかってあげられなかった。

 ごめんね。

 だけど今のあなたを、私は見てられない。

 今の四季くんは、私の知っている四季くんじゃない。



 でも、私のことは……もっと嫌い。大っ嫌い。








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