ポラリス/観測者

2026年7月10日


あれから、2日が経った。

まだ、気持ちの整理がつかないでいる。

何が”悪魔”だ。

本当に悪魔なら、もうとっくに切り替えて他のことを考えられるのだろう。

でも、残念ながら僕は、そんなに割り切りがよくはないみたい。


結局僕は、何をしたかったんだろう。

自分の孤独をなくすためにフレンズの研究をしてきた。

自分が造り出したフレンズ……ううん、友だちと、僕らにしか分からない長い時間を過ごそうって。

そのために名京大病院とも契約を結んだ。

けっこうなお金だって、時間だってつぎ込んできた。

なのにあの時、竜持くんがフレンズになって暴走した時、なぜか僕は心の中でほっとしていた。

なのに今、こうしてその夢が潰えたのにもう一度チャレンジしよう、だなんて気にはならない。

もしそうしたら、また取り返しのつかないことを起こしてしまいそうな、そんな気がして。


竜持くんはワクチンが入れられた昼食を口にしたことで、フレンズへとなってしまったらしい。

ワクチンを入れたのが誰だかは分からないけど、指示したのは院長先生だ。

だから院長先生には、それ相応の罰を受けてもらう。

”フレンズ”という神を冒涜するような生物を造り出そうとしてしまった僕と一緒に、地獄に落ちてもらう。


ねえ、ジローくん。

あの時のあなたも、こんな気分だったのかな。

もちろん今でも、何か他の方法はないか探してしまいそうになる。

少しでも気を緩めると、怖くなって、すべてを投げ出して世界の果てまで逃げたくなってしまう。


本当に、そうしちゃおうかな。

いや……だめだよね。

こうして逃げていてばっかりじゃあ、何も解決できない。

また誰かを傷つけてしまう。

もう、こうするしかないよね。


結局最期まで、自分が生きてきた意味を見つけることは、できなかったな。






 長い時間をかけて、最後まで読み終わった。



 …………。

 自分の愚かさを痛感する。

 この半年、四季くんの一番近くにいたはずなのに、私は……。

 私は彼のことを、何も知らなかった。

 四季くんがもうすぐ死んでしまうってことさえも……。

 あの夜、四季くんについていった夜、私は彼を、私にとってのポラリスを観測するって決めたのに。



 彼は、どこにいるんだろう。

 話したい。

 今度は、私が助けたい。

 去年の秋、四季くんが私の時間を進めてくれたときみたいに。

 今度は私が、四季くんの役に立ちたい。



 武蔵小杉の街を駆ける。

 外はいつの間にか暗くなっていて、仕事終わりのサラリーマンの人たちや、部活に打ち込んできた学生さんたちが、それぞれの居場所へと歩みを進めている。



 四季くんはきっと、自分の居場所を見失ってしまっているだけ。

 あなたの居場所はいつだって、どこにでもあるっていうのに、なんでそれに気づかないんだろう。

 ほんとに、周りが見えなさすぎだよ。



 捜しても捜しても、四季くんは見つからなくて、諦めてしまいそう。

 走り疲れて、その場にへたり込んでしまう。


「……はあ、はあ、……四季、くん……どこ……?」

「……? のぞみ、か……?」


 名前を呼ばれて、頭を上げる。


「佐田さん……」

「のぞみ、いつも言っているだろう。俺のことは『兄者』と呼べ! ……して、こんな遅くに出歩いて、何をしている?」

「…………」


 せっかく声を掛けてくれたのに、私は四季くんを見つけられないことが悔しくて、声を出すことができない。


「何があった?」

「…………」

「のぞみがこんな顔をしているということは、よっぽどのことなのだな」

「……?」


 私は、無意識に自分の頬を触る。


「お前、相当ひどい顔しているぞ。言うなれば……去年の俺のようにな! ハッハッハッハッハ‼」

「……私、顔に出るって、よく言われます」

「うむ、そうだな。……ってそこはツッコむところだろ。『去年の兄者も凛々しいお顔つきでしたよ』とかなっ」

「すいません」

「謝るなよ」


 佐田さんの軽口に付き合っているうちに、だんだん落ち着いてきた。


「それでお前、こんな時間に何してたんだ?」

「人を捜していたんです」

「ふむ、そうか。いいだろう。俺も手伝ってやる。作戦名は”京都見廻組作戦”だっ‼ 説明しよう、”京都見廻組作戦”は――」

「急ぎなんで、割愛してもらっていいですか?」

「むう、仕方あるまい。……誰を捜しているんだ?」

「四季くん、です」

「四季……、ああ、エスのことか。ヤツなら捜す必要はない。なぜなら今の今まで俺とさかずきを交わしていたからなあ」

「え? 本当に?」

「ああ、ほら、階段から降りてくる」


 私は立ち上がって、すぐそばにあったビルの階段を見つめた。

 そのビルの二階には『かずど』というファミレスがある。

 そこで佐田さんと四季くんはご飯を食べていたみたい。

 それは見つかる訳ないよな。



「おーい、エス!」

「んー? なんでござるかー、しゅんぺーどの」



 階段から降りてきた四季くんは私の姿を確認して一度、ゆっくり瞬きをした。


「のぞみがお前のことをずっと捜してたみたいだぞ」

「あ、ああ、そうでござったか。わざわざかたじけない」

「いや、これくらいどうってことない。ではな、二人とも。俺は城に戻り、天下統一のための策を練ることとする。ハッハッハッハッハッハ‼」


 佐田さんは高笑いしながら去っていった。

 その背中を2人で見つめる。


「峻平くん……明るくなったよね」

「うん。そうだね」

「…………」

「…………」


 何を話したらいいのかわからなかった。

 話さなきゃいけないこと、話したいことは、いっぱいあるのに――。


「ねえ、行きたいとこがある」


 四季くんが唐突に提案してきた。


「僕と一緒に、『フリーダム』に行ってくれない?」


 私は無言で頷く。
















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