フュージョン

 それから何回か日が昇って、それと同じ回数だけ日が沈んだ。



 久々に家に帰る。

 でもリビングに明かりはついていない。

 のぞみは外出しているようだ。学校かな。

 でも、むしろそれが好都合。




 普段、物置き場になっている部屋のドアをノックする。


「入るよ」

「どうぞ」


 中に入ると、七羽さんがタブレット端末で何かを見ていた。

 あれから彼女には、ここにいてもらっている。少し、心配だったから。


「何見てんの?」

「ワルキューレ」


 彼女が見ていたのは『マスクド戦士ワルキューレ』という特撮番組。

 正義のヒーローが悪の組織に立ち向かう、子ども向けのヒーロー番組だ。

 僕もそれは毎週日曜日に欠かさず見ていた。


「あれ? あんまり食いついてこないんだね」

「うん。僕はそれ、最後まで見ることできないから」

「…………」

「具合は?」


 僕はロールケーキやらプリンやら、分かりやすいスイーツがたくさん入った袋を七羽さんに渡しながら尋ねる。


「おかげさまで。まあ、覚悟はしていたことだったから」

「そっか」

「ていうか、こんな量一度に持って来られても食べられるわけないでしょうが」

「のぞみと女子会でもしながら食べて」

「うん、そうするわ。ちなみにのんちゃんなら朝出かけてったよ」

「ああ、学校っしょ」

「そうなんじゃない? 制服着てたから」

「ならよし。……彼女には、僕がいるとは離れたところにいてもらわないと」

「それが、あんたがのんちゃんを人質にした理由だもんね」

「……うるさいな」


 いつものように軽口を叩きあっているはずなのに、僕の心は晴れない。

 きっと七羽さんもそれは同じで、彼女も僕の顔を見ようとすらしてくれない。

 お互い、なんとなく分かってるんだろうな。

 会うのはこれが最後だって。



「七羽さんには、謝らないと」

「え? 何を?」

「何を、って……とぼけられても」

「いや、ほんとに謝られるようなことされた覚えないんだけど」

「自分の過去視てごらんなさい」

「……遠慮しときます」

「……ごめんね。僕が院長先生とあんな契約結ばなければ、いやもっと言えば、フレンズの研究なんて始めなければ……こんなことにはならなかったのに。……結果的に竜持くんを殺したのは僕の……わがままだ」

「四季くん……」

「一生恨み続けてもらって構わない。許してくれなんて、そんな厚かましいこと言えない。でも――」

「はいはい終了‼」

「え……?」

「いいからそんな話は。お願いだから今日、この場限りにして」

「……うん。ごめん」

「…………」

「…………」


 沈黙。

 何を言ったらいいのかが分からなかった。

 相手もそうだったのかもしれない。

 そんな時間がしばらく続いた。

 このまま何も言わずにここを出ていくのがいいのかな。

 そう思い始めた時、七羽さんがぽつりと、でもはっきりと呟いた。


「行くの?」

「……はい」

「のんちゃんには会っていかないの?」

「うん。会うとさすがに決意が鈍るっていうか……逃げ出したくなっちゃうと思うから」

「ねえ四季くん」

「ん?」

「だいたいの特撮ってさ、主人公は死なないよね。いくら死亡フラグ立ちまくってても、それを潜り抜けて、最終回では仲間に囲まれて幸せそうに笑ってる」

「急に何です?」

「”正義のヒーロー”は……生きて帰ってくるよね?」

「…………」

「ごめん変なこと言って」

「ううん、そんなことない。……のぞみのこと……よろしく頼みます」

「言われなくても」

「じゃ、僕は行きますね」

「うん。……また、ね」


 七羽さんは再開を約束する言葉を投げかけてきてくれる。

 たとえ確率が0.01パーセントしかなくても、そこにすべてをかけることができる。

 彼女はそんな人だ。

 でも、今回ばかりはもう――。


「……じゃあね」


 僕は、別れの言葉を言って、部屋を出た。


「嘘でもいいから……またねって……言ってくれてもいいじゃん……」


 ドアを閉める直前にそう聞こえたけれど、聞こえなかったふりをした。



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