ピエロ
研究室に来ていた。
誰かの気配がする。
「健ちゃんか……」
「何しに来たの?」
「確認だよ、確認」
研究室の最も奥にある金庫に手を伸ばした。
暗証番号を入力し、開ける。
しかしその中に、あるはずのものがなかった。
「やっぱり……
それだけ確認して、金庫を閉める。健ちゃんに向き直った。
「この中にあったワクチンの在りか……知ってるんだよね」
「ああ、知ってる」
「院長先生のところ?」
「そうだよ」
なんでそんなことを知っているのか、説明するまでもない。
健ちゃんは名京大病院の人間だから、当然院長先生の指示に従って働いている。
きっと健ちゃんは金庫の中身を院長先生に渡したんだろう。
「ふふっ……」
思わず笑ってしまう。
「…………?」
「いや……おかしいよね」
なんだか身体の力が抜けていくみたいでソファーに座り込んでしまう。
「だってさ、いくらフレンズの研究のためとはいえ、お医者さんを研究に従事させるわけなんてないよね。ただでさえお医者さん足りないのに」
「四季……」
「健ちゃんは……僕らの、いや、僕の行動を院長に伝えるためのスパイ、だったんだね」
「…………」
無言は肯定したということ。
怒りとかはこみあげてこなかった。
ただ、自分の情けなさだけが募る。
ちょっと考えれば、分かることだったのにな……。
「竜持くんにワクチンを投与したのは、院長先生?」
「そうだ」
「……そっか」
健ちゃんはうつむいて無言になってしまう。
「ピエロは……僕だったってことか」
自嘲気味に呟く。
「僕はさ、間違ってたのかな?」
「……?」
「僕は世界で唯一のフレンズだからかな。いつまで経っても、僕はひとりでいる気がして寂しかった。健ちゃんとかのぞみとか、みんないるのに変な話だよね。……僕は、その寂しさをなくすためだけに、自分のためだけに、フレンズの研究を始めた。なのにその結果がこれって……」
「…………」
「僕がちょっとでも自分のために何かをしようとしたら、周りの誰かが犠牲になる。昔からずっとそうだ。だからその人たちの想いも背負って生きていこうって思ってた。でも……さすがに、重すぎるよ」
「四季、お前は――」
「いい! 慰めの言葉なんていらない。言われても惨めな気分になるだけだから」
ソファーから腰を上げて、外へと歩き出す。
「四季、行くな」
「行くなって、どこに?」
「お前がしようとしていることは分かってる。でもやめろ」
「どうせ健ちゃんが院長先生に報告するし、無駄だもんね」
「…………」
僕はまた歩き出す。
「そうだその通りだ。お前がそんなことをしても無駄だ。だから行くな」
「…………」
「お前も本当は、こんなことしたくないはずだ、だから――」
「よく分かってんじゃん」
「それなら」
「でもね、健ちゃん。さっきも言ったけど僕は……みんなの想いを背負ってるから、自分のためだけに選択はできない」
「四季!」
「健ちゃん」
足を止めた。
振り向こうと思った。
でも、そうしてしまうと冷静でいられる自信がなくて、結局振り向かなかった。
「相棒になってくれて、ありがとね」
彼がスパイだって知っても、彼のことを責めようとは思わない。
「お兄さんでいてくれて、ありがとね」
だって――。
「ずっと友だちでいてくれて……ありがとね」
――悪いのは全部、僕なんだから。
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