鵲橋
玄関の方で、ガチャリという音がした。
どうやら四季くんが帰ってきたみたい。
「おかえりー」
そう呼びかけてみたものの返事はない。
おまけにどたどたと少々慌ただしい。
ちょっと様子を見に行こうか。
「四季くーん? ……って、どうしたの⁈」
そこにあったのは、血だらけの四季くんと、彼に連れてこられた岸井さんの姿だった。
「四季くん、血だらけじゃん! 早く手当しないと……」
「僕は大丈夫。フレンズだから、放っておけば傷は治る。でも……」
「ねえ、四季くん! 離してよ! 私が助けないと、竜持くんが……!」
岸井さんはわめいている。
「四季くん、何があったの?」
「説明はあと。とにかく手伝って。彼女を落ち着かせないと」
「う、うん……」
それから二人で強引に岸井さんを私の部屋のベッドまで連れていき、私のPTSDがひどかったときによく使っていた睡眠薬とお水を無理やり飲ませた。
彼女はすぐに眠ってしまった。
岸井さんが寝てからも、四季くんは彼女のそばから離れようとしない。
相変わらず彼は何を考えているのかわからない。
何か、力になってあげられないのかな。
「ねえ四季くん。あなた、顔真っ白だよ。岸井さんの様子は私が見ておくから、休んだ方が――」
「いや、ここにいるよ。せめてそのくらいはしないと……」
「でも、それで四季くんが倒れたりしたら」
「大丈夫だって」
それからお互い、無言のまま過ごした。
彼が何を考えていたのか……。
私は、少しでも彼の役に立てていたのか……。
今となっては、わからないことだらけだ。
そのときの私はどうすることもできなかった。
でも、私は後悔している。
なんであのとき、気づいてあげられなかったんだろうって。
この半年、彼のことを見てきた私なら、その心の変化に気づいてあげられたはずなのにって。
何時間か経って、四季くんのケータイが鳴った。
「はい、もしもし」
誰からの電話かはわからなかった。
「……ああ、うん、ありがとう…………こっちはまあ、なんとかってところかな…………ううん、そんなことない。間違ってたのは僕の方だから……じゃあ、切るね」
声色的に、あまり明るい話題ではないみたい。
「電話、健斗くんから?」
唐突に隣から声がした。
どうやら電話の着信音か何かで、岸井さんが目を覚ましたみたい。
「……起きたんだ。もうちょっと寝ててくれればいいのに」
「だったらせめてバイブにしといて」
「そうだね……ごめん。……もう落ち着いた?」
「誰かさんに殴られたおかげでまだ頭痛いけどまあ、さっきよりは」
「それ覚えてるんだ」
「覚えてるよ。忘れたいけど。夢であってほしいけど……夢じゃないみたいだし」
「……ごめん」
「さっきから謝りっぱなしじゃん、四季くん。らしくないよ。むしろ私は感謝しないといけないくらい。そんな気分にはなれないけどね」
「感謝なんかされたくない」
2人の会話はいつも通り憎まれ口をたたきあってるみたいな感じなのに、それが聞いててそれが辛かった。
「竜持くんは……ううん、フレンズは……無事、駆除できたの?」
「……竜持くんは最期まで……誰も殺さずに済んだみたい」
「そう」
「…………」
「実験失敗、って言ったところだね。またやり直さないと」
「…………」
「……冗談。……じゃあ、帰ろっかな」
「どこに?」
「決まってるじゃん。いつも住んでる家だよ」
岸井さんはベッドから降りて部屋から出ようとする。
でも、数歩歩いたところで糸の切れた操り人形みたいにその場に
どうにか立ち上がろうとしているけれど、立てないみたい。
「あれ? おかしいな? なんで私……身体に力が入らなくて……」
その左手から血が流れているのを、私は見つけてしまった。
「岸井さん、手、けがしてる」
「え? ほんとだ」
「手当するから、手開いて」
「……開けない。どうしてかな」
岸井さんはどうやら本当に左手を開くことができないようだった。
まるでそうすることを拒絶しているみたいに、左手が固まってしまっている。
四季くんが寄ってきて、無理やり彼女の手を開いていった。
その左手には――。
「竜持、くん……ごめん、ね……」
囁くような声でそう言うと、これまで我慢していたものが一気に溢れ出てきたみたいに、岸井さんは大声をあげて泣き始めた。
彼女の左手にあったのは、血で濡れてしまっているけれど、まだ光を失っていないピアスだった。
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