ミルキーウェイ
お昼ご飯を食べ終え、研究室に戻る。
「ねえねえ、七羽さん」
「何?」
「さっきから気になってたんだけどさ、ずっと何握ってるんですか?」
七羽さんは研究室を出る時からずっと、ご飯を食べている時も、左手で何かを握りしめていた。
それがどうしてなのか気になったのだ。
「え、あ、あー……コホン……これよ」
七羽さんは恥ずかしそうに咳ばらいをしてから、左手を開いて見せる。
そこには、竜持くんがプレゼントしたピアスが輝いていた。
「え? なんで持ってきてんの?」
「な、なんとなくだよ」
「……頭まで子どもかよ……」
「なんか言った?」
「いえ、何も。……でも、そんなに喜んでるって知ったら、竜持くんもうれしいでしょうね」
「……そう、かな」
「うん、きっと」
七羽さんは一度じっと自分の左手を覗き込み、それからまた、大事そうにそれを握った。
研究室がある名京大病院の建物に入ったくらいのところから、異変を感じた。
患者さんやお医者さん、看護師さんが次々と建物から逃げるように出てくる。
「何かあったのかな?」
隣で七羽さんが心配そうにつぶやいている。
胸騒ぎがする。
逃げてくる患者さんの一人を呼び止める。
「何かあったんですか?」
「化け物が暴れてるんだよ! 君らも逃げた方が良い!」
「化け物?」
胸騒ぎが一段と大きくなった。
何か、取り返しのつかないことが起きてしまう、いや、もう起こってしまっているような。
そんな予感。
逃げ惑う人々の間を縫って、僕たちは進む。
僕たちののんびりしていた足取りは次第に早足に、いつの間にか駆け足へと変わっていた。
やがて、食堂に出た。
いつもお昼時には賑わいを見せている食堂。
そこで僕が見たものは――。
「……なん、で……」
僕がそこで見たものは。
怪物と戦う人間。これは健ちゃんだ。
そして。
全身に刺青のような文様を走らせ、もう人間を攻撃するだけの怪物へとなり果ててしまった――。
下山竜持くんだった。
「竜持……くん……?」
隣から聞こえてくる声で我に返る。
「竜持くん!」
七羽さんは竜持くんだった怪物へと駆け寄っていく。
でも
どこから持ってきたのか分からないけれど、なぜか持っていた薙刀を彼女に向かって振り上げた。
「七羽さん‼」
僕は猛ダッシュして彼女の身体を攻撃範囲外へと押し出した。
直後、脇腹に激痛が走った。
「ぐっ…………」
傷口からはとめどなく赤い血が流れてくる。
けっこう深手みたい。
「四季! 七羽をつれて逃げろ! こいつは俺が引き受ける‼」
健ちゃんが僕に指示を出してくる。
こんな時まで周りが見えていて、的確な指示を出せる。
さすがはプロテクターズのリーダーだよなって思う。
でも、僕はそんなに冷静ではいられなかった。
「健ちゃん……どうしてこうなってる?」
健ちゃんは戦いながら答える。
「今はそれよりも人命が第一だ。だから早く――」
「なんでこうなってるかって訊いてんだよ‼」
本当は、そのくらい分かってる。
どうしてこんな状況になってしまったのか。
どうして大切な友だちを失うことになってしまうのか。
そのくらい、分かってた。
だからこそ……
「
僕は懐に忍ばせている二本の短刀を取り出し、竜持くんへ攻撃をしようとする。
「やめて‼」
目の前に七羽さんが立ち塞がってくる。
「戦えないヤツは引っ込んでろ」
僕は彼女を押しのけて、さらにフレンズへと近づく。
そして、スキルを使って、水の剣で彼を刺す――。
――はずだった。
僕の身体は急に後ろに引っ張られて、彼から遠ざけられてしまう。
「忘れるな。お前もフレンズだ。制御不能と見たら駆除する」
健ちゃんが彼のスキル(彼のスキルは磁力のようなものだ)を発動したみたい。
「こいつの駆除は俺一人で十分。だからお前もさっさと行け」
「…………」
健ちゃんを睨み返す。
悔しかった。
僕は、自分が蒔いた種を、自分で片付けることすらできない。
そんな無力な自分が恥ずかしかった。
「……行こう、七羽さん……」
「やだ‼」
七羽さんはまだ竜持くんへと追いすがっている。
僕は七羽さんの頬を思い切りグーで殴った。
予期しない攻撃を食らった彼女は脳震盪を起こしてしまったようで、なかなか立ち上がれないでいる。
そんな彼女を、僕は強引に立ち上がらせ、その場を離れた。
「やだ……やだよ! 離して! ねえ、離してってば‼」
七羽さんは、まるで幼児がおもちゃをねだる時みたいに叫び続ける。
それでも、無視しなきゃいけなかった。
ごめん……。
ごめんね……。
こんなに辛い思いさせちゃって、本当にごめん。
許してくれなんて、言わないから。
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