アルタイル
お昼前なのに、太陽がこれ見よがしに大きな顔をのぞかせている。
2週間くらい前に例年より少し遅めの梅雨入りが発表されたが、それ以来雨の日はほとんどない。
どうやら、今年は空梅雨のようだ。
今、僕は渋谷に来ている。
昨日、竜持くんに誘われたのだ。
もっとも、どこに行くつもりなのかは分からないけれど。
まあ、久々の休みだったし、こんな風にお出かけして、羽を伸ばすのも悪くない気がする。
京王井の頭線渋谷駅とJR渋谷駅を結ぶ連絡通路。
そこに、超大物芸術家の岡本太郎さんが描いた、『明日の神話』という壁画がある。
そこが竜持くんとの待ち合わせ場所だ。
その場所についても、まだ彼の姿は見えなかった。
どうやら早くつきすぎたみたい。
『明日の神話』を見つめてみる。
なんだか、不思議な気分になる絵だ。
禍々しくておぞましい感じがするのに、その中になぜか優しさや悲しさが埋め込まれているみたいな……。
この絵について調べてみると、『明日の神話』は核兵器に焼かれる人間を描いていて、彼らの誇りとしての怒りを表現しているらしい。
人間の誇りとしての怒り。
人間、ね……。
「お待たせ」
物思いにふけっていると、竜持くんに肩を叩かれた。
「あ、竜持くん。こんにちは」
「おう。わざわざ悪いな。渋谷まで呼び寄せて」
「そんなことないですよ。東横線で一本だし。……それで、今日はどこに行くんです?」
「…………」
竜持くんは急に黙り込んでしまった。
「……?」
「……手前にさ、アドバイスをもらいたいんだ」
「なんの?」
「それは……その……」
竜持くんの照れている様子で理解した。
「あっ! プレゼントね。はいはい了解です」
「しっ、あんまでかい声で言うな」
「別に誰も聞いちゃいませんって」
今日は7月5日。
竜持くんの彼女さんのお誕生日まで、あと3日だ。
なので今日のうちに、その彼女さんにプレゼントを買っておきたい、ということだろう。
僕らは『明日の神話』から離れ、渋谷の街を歩きながら話し続ける。
「でも七羽さんのことなら、竜持くんの方が僕なんかよりずっと知ってるんじゃないですか?」
「まあ、それもそうだ。でも手前は七羽が一番信頼してる友だちだからな。意見を聞いておこうと思ったんだ」
「一番信頼してるなんて大げさな。そんなことないっしょ」
「いや、それがそんなことあるんだよ。まじで俺が嫉妬するくらい」
「勝手に嫉妬されちゃ困ります。……どんなのがいい、っていうイメージはあるんですか?」
「それがピンと来ないんだよなあ。あいつ、何が欲しいと思う?」
「それは……竜持くんからの愛情じゃあないですか」
「いや真面目に」
至って真面目なつもりなのだけど……。
思い返してみれば、竜持くんと2人でどこかに行ったりするのは初めてかもしれない。
プロテクターズ時代にも一緒に任務に就いたことはなかったし、まあぶっちゃけた話をすると、2人だけで遊ぶほど打ち解けた関係ではないのだ。
健ちゃんにはあんなに砕けた口調なのに、竜持くんと話す時は丁寧語だし。
でも、そんなつかず離れずの関係が心地よいこともよくある。
彼も、僕のかけがえのない友だちの一人なのだ。
結局、七羽さんへの誕生日プレゼントはピアスになった。
指輪にした方が喜ぶ、って僕は言ってみたけれど、さすがにそれはまだ恥ずかしいようだ。
この人たちと一緒にいられるのも、あともうちょっとだけなんだよな……。
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