モータル

 目を開けると、見知った光景が広がっていた。

 ここは、僕の第二の人生の始まりの場所。昔住んでいた病室だ。



 身体を起こしてみる。

 やはり頭が痛む。でも、倒れた時ほどではない。



 ぼんやりと外を見てみる。

 冬の空気は澄んでいるみたいだ。

 青空がとてもきれい。

 なんて月並みな表現しかできない自分にあきれ返ってしまう。



「四季さん?」


 その呼びかけで我に返った。

 振り向くと、少し驚いた表情ののぞみがいた。


「あ……どうも」


 なんと言ったらいいのか分からず、そんな間抜けな返事をしてしまった。

 まだ寝起きで頭が回っていないからだろう。

 のぞみはなぜか泣きそうな表情になって僕へと駆け寄ってきた。


「良かった、目を覚ましてくれて……ほんとに良かった……」

「……んな大げさな。そりゃ死んだわけじゃあるまいし、寝たらいつかは起きるよ」

「でも、3日間も起きなかったんだもん」

「え? まじで?」

「うん、そうだよ」

「それは……心配かけてごめん」

「ううん。そんなことない」



 のぞみは部屋の隅にある電話の受話器を耳へ添えた。

 あの電話は診察室に直通でつながっている。

 どうやら、僕が目覚めたことを知らせているみたいだ。



 しばらくして、健ちゃんが部屋に入って来た。


「おはよ。調子は?」

「向こう100年の二日酔いと偏頭痛を一気に食らっている気分だよ」

「ありゃりゃ。それはそれは」

「健ちゃんが診てくれてるの?」

「うん、そうだよ」

「なら安心だわ」

「あんまり信頼されたら困るんだけど。なんせ新米なもので」

「それ患者に言う? ま、いいけど。それで? 僕の身体には何が起こってるの?」


 途端に、健ちゃんの表情が暗いものになる。


「あ、あのー」


 のぞみがおそるおそるといった様子で僕らに声をかけてきた。


「私、バイト行ってきますね」

「あ、うん。行ってらっしゃい」


 のぞみは笑顔で頷いて、この部屋を去っていく。

 その様子を僕と健ちゃんはなんとなく眺めていた。




「お前、のぞみちゃんに好かれてるよな」


 しばらくして、急に健ちゃんにそんなことを言われた。


「え? 急に何です?」

「いや、思ったことを口に出しただけだけど」

「またまたー。冗談はおやめなさいよ。第一、彼女は僕の”人質”なんですよ?」

「その設定はなんなの?」

「いや設定とかじゃなくて」

「ちょっとは素直になれって」

「…………」

「とりあえず、のぞみちゃんはお前のこと尋常じゃないくらい心配してた。見てるこっちが痛々しくなるくらい」

「照れるね」

「あの子、学校にもバイトにも行かないで、ずっとお前のそばにいた。あ、彼女には『四季さんには言うな』って言われてるから内緒な」

「……そっか」


 なんか、複雑な気持ちになった。

 なんでかは分からない。



「それで、お前の身体のことだったよな」


 健ちゃんはそう言ったものの、そこから先の言葉を見つけられずにいるようだった。

 質問の仕方が悪かったようだ。

 僕は健ちゃんに向かって微笑む。


「別に遠慮しなくていいよ。自分の身体のことなんだ。なんとなく想像はついてる。それで……」


 一度、深呼吸する。

 そこから先を言ってしまったら、これまでの世界には戻れなくなるような気がして少し怖かった。

 それでも、知っておく必要があると思った。


「僕は、あとどのくらい生きられるの?」


 健ちゃんはうつむいて、すぐには答えなかった。


「健ちゃん?」

「……長くて半年、だと思う」

「理由は」

「スキルの使用過多と外傷の治癒による細胞分裂の増加だ」

「要は、戦いすぎたってことね」

「…………」

「何落ち込んでんの? 健ちゃん」

「……四季」

「大丈夫だよ。僕は既に1回死んでるんだし」

「でも……それでもお前は――」

「あーあー、これから忙しくなるなあ! あと半年以内にワクチン完成させないとっ。こうして寝てる暇なんかないね。研究室行くわ」

「待て! もう少しここで休んで――」

「そんな暇ないって話したじゃーん。健ちゃんは他にも患者さんいるんだから、その人たちのところ行ったら?」

「……そうだな」

「あ、あと、このことは他のみんなには内緒で頼むよ。特にのぞみには知られたくない」

「分かった」

「……ありがと」



 

 健ちゃんにはウソをついたことになってしまうが、僕は部屋を出た後、屋上に向かった。

 昔、毎日屋上で星の観察してたな。

 あの頃はあの頃で楽しかったかも。

 


 屋上に出ると、もう辺りは暗くなりかけていた。

 また月並みな表現になってしまうけれど、黄昏色の空がとてもきれい。

 人間の気分は天候に左右されるのに、天候は僕らの気分なんて考えていないみたい。

 そのくらい、冬にしては暖かな、穏やかな空間だった。



 仰向けに寝そべって空を見る。

 気づけばもう、真っ暗になっていた。

 試しに空に向かってふう、っと息を吹きかけてみる。

 その白い息は瞬く間に武蔵小杉の空へと消えていく。

 次に、星明りに手をかざしてみる。

 その手にはしっかりと血液が通っているはずだ。

 目を閉じると、トクントクン、という心臓の鼓動が意識できる。


「……僕……生きてるのになあ……」


 そう、生きている。

 僕は今、ここで息をしている。



 生きている……か……。



 あと半年で僕は、この世界から消えてしまう。

 半年。

 短いような、長いような。

 …………。

 みんなの想いという重い荷物を背負って生きるのもあと半年で終わりってことか。

 半年経ったらこの荷物は降ろしてもいい、と。

 そう考えると……。

 うん、そう考えると、せいせいするな。



 自分自身の考えに少し苦笑して。

 それからいつものように、星空の中心で瞬くポラリスに手を伸ばす。









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