アビス

 誰かに呼ばれたような気がした。



 世界はぼんやりとしていて、どちらが前で、どちらが後ろなのかも分からない。



 前に進もうとした。



 でも、進むことはできなかった。それどころか、指一本動かすことさえできない。



 また、誰かから呼ばれた気がした。どうやら背後からのようだった。



 でも、振り返ってはいけない気がした。



 すべてが気のせいなのかもしれない。



 現実なのかもしれない。



 分からない。



 分からない。



 分からない。



 早くこの訳の分からない場所から出たかった。



 いくら藻掻いても一歩も前に進めない。



 周りの景色も、ただぼんやりと白いだけ。



 自分が世界から否定され、排除されてしまったかのような空間。



 それでも僕を呼ぶ声だけは響いていて。



 ここは、どこなのだろう?



 問いかけても答えてくれる人がいるはずもなく。



 時間が高速で進んでいるようにも、止まっているようにも感じるこの世界。



 やっぱり指一本動かすことはできなくて。



 なぜかは分からないけど。



 脈絡もなくこんな疑問が浮かんでいた。



 僕は、誰――――?



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る