リミット

 僕たちは、既に武蔵小杉への帰路についていた。



 ちなみに、のぞみが連れていかれたのは秋葉原だった。

 本当はせっかくアキバまで来たんだし、ちょっとぶらぶらしてから帰ろうかと思ったのだが、やっぱり体調が芳しくないので寄り道せずに帰ることにした。



「いやあ、驚かせちゃってごめんねー」

「ほんとだよ。どうなることかと」

「あははは、ごめんごめん。でもよく気づいてくれたね。僕が一人で動くつもりだったって」

「お前の『なんでもない』とか『大丈夫』は、『手伝って』の言い換えだからな」

「さっすが健ちゃん。あなたにはウソつけないなあ。……お店の方は無事かな」

「大丈夫みたい、ニャ。ていうか、なんで四季さんはわた、のんのんがここにいることがわかったの?……かニャ?」


 のぞみは、どうやら健ちゃんがいることを気にしているらしい。

 健ちゃんはすぐにそれを察したみたいだった。


「あ、別に無理してニャンニャン語にしなくても大丈夫だよ、のぞみちゃん」

「えっ、ええっ⁈ なんで私が中原望海だって知ってるんですか?」

「いや、さっき普通に話してたじゃん、四季と」

「そう……でした?」

「うん。後ろから抱きついてね」

「ふぇっ⁈ あ、ああ、あれは、ふ、不測の事態だったからっ、ちょっと焦ってたんですっ!」


 なんかあわあわしていて面白いので、僕もちょっといじっておこう。


「闇落ちしかける正義のヒーローをバックハグで救うとか、ヒロインムーブが過ぎるね」

「ヒ、ヒロインだなんて、私はそんなんじゃ……。そ、そんなことよりも! なんで私がここにいるってわかったの?」

「七羽さんが教えてくれた。どうやら、最初に拉致されたときにどこが彼の拠点か視たんだって。過去視えるのもいろいろ使い道あるよね」

「そう、なんだ……。お礼言っとかないと」

「ちなみに、店の爆弾は竜持が撤去したって、さっき連絡来てた」

「らしいよ。だから竜持くんにもお礼言わないとだよ」

「うん。四季さんと安田先生も、助けに来てくれてありがとうございました」

「ま、人質にどっか行かれたら面倒だしね」


 僕が冗談交じりにそう言うと、健ちゃんが訊いてきた。


「さっきから気になってたんだけど、お前たちはどういう関係?」

「あれ? 院長先生から聞いてなかったの?」

「何も」

「彼女は文字通り人質だよ。院長先生が僕との契約を破った時のために、人質は必要でしょう? そうしてないと僕、いつ襲撃されるか……」

「なるほど。それで院長の愛娘で、たまたま知り合いだったのぞみちゃんに白羽の矢を立てた、と」

「そゆこと」


 僕がそう言うと、なぜか健ちゃんはぷっ、と吹き出した。


「ええ? なんかおかしいこと言った?」

「……いや、お前は変わらないなって思って。のぞみちゃん、こいつこんな感じだけど、まあうまくやってあげてよ」

「は、はい」

「うわ、健ちゃん何その上から目線」

「弟の幸せを願う兄としての目線だけど?」

「……それは、ギャグで言っているのか?」

「いや、ガチ」

「ですよねー」


 健ちゃんは、少し寂しげに笑って駅の構内を歩き始める。

 僕もその後を追おうとして――。



 世界が、ぐらりと揺れた。



 頭が割れるように痛い。

 吐き気がする。


 まともに立っていることもできなくなって――。



「四季さん⁈」


 遠くで、誰かが叫んでいる声がする。


「おい、四季‼」



 だんだんと世界から色が失われていく。



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