価値

 男は、四季さんが現れておもしろいくらい狼狽した。


「き、貴様は、何者だっ!!!」


 裏返った声で質問するが、四季さんは何も答えない。

 ただ、男の方へゆっくりと近づいていく。

 その両手には、短いナイフのようなものが握られていた。


「く、来るなぁっ!!!」


 男が四季さんに向けて発砲した。

 しかし、銃弾は四季さんには当たらずに彼の身体の寸前でに当たって、地面へと落ちた。

 男は何が起きたのかわからず、ただ茫然としている。



「”スキル”を知っていますか?」


 やがて四季さんが口を開いた。

 男は、恐怖からなのか、ぶるぶると震えている。


「大抵の人には知られていませんが、この世には”スキル”と呼ばれる能力を持つ人が少なからず存在しています」


 尚も四季さんは男へ詰め寄っていく。


「今あなたは、なぜ銃弾が私に当たらなかったか、疑問に思ったでしょう? その答えがです。――私のスキルは、水を操る能力です。それは水がたとえどんな状態でも、つまり液体でも気体でも固体でも、例外ありません」

「つ、つ、つまり、き、貴様は、この大気中の水蒸気を液体状態にして、銃弾に対する壁をつくった、と、いうこと、か?」


 男がやっと、裏返った声ではあったけれど、訊き返した。


「はい、そういうことです。ちなみに、こんなこともできるんですよ」


 四季さんはナイフをポケットにしまい、男の肩に触れようとする。



 その時、外から誰かの足音がした。

 現れたのは安田先生で、部屋を見渡して――。


「やめろっ、四季!!!」


 その声に反応せず、四季さんは男の肩に手を置いた。

 数秒後、男が急に苦しみだした。胸に手を当てている。


「苦しいですか?」


 四季さんは苦しみ悶える男に声をかける。

 男は反応できず、床を転げ回っている。


「やめろ四季、それ以上やったら、お前を駆除する」


 安田先生がこれまでに聞いたことのないような厳しい声を放った。

 でも四季さんの耳にはまったく届いていないみたいで。


「辛いでしょう? この苦しさはもうしばらく続きます。私は、あなたの血液に含まれる水分をほとんど凍らせました。だから血管が詰まって心筋梗塞みたいな状態になってるんですよ、今は」

「な……ぜ……」


 男は絶え絶えの息でなんとか尋ねる。


「なぜ私があなたを殺すか? そんなことも分からないんですか?」


 四季さんがナイフを取り出した。



 このままじゃ、四季さんはほんとうに人を殺してしまう。

 しかもそれはきっと、私のために。

 いつのまにか拘束が解かれていた。

 たぶん、安田先生がやってくれたんだと思う。

 私は、反射的に駆け出していた。



 四季さんがナイフを振り上げる。


「四季!!!」


 安田先生が叫んでいる。


「この子は、僕の人質だ。お前のものなんかじゃあない。――死ね」


 四季さんが地獄から湧き出しているかのような低く、冷たい声で言った。

 男が目を見開く。




「ダメっ!!!」


 私は、振り下ろされつつあった四季さんの左手を背中側から掴んだ。


「お願いだからやめてっ、私は大丈夫だから。だから私なんかのために、そんなことしちゃダメだよ……」

「…………」

「ねえ、四季さん」

「……ふふっ」

「……四季さん?」

「のぞみ、無茶しすぎ」

「だって……」

「殺すわけないでしょ。こんな雑魚、殺す価値もない」


 四季さんは左手から力を抜いた。

 そして右手で、男の肩をポン、と叩く。



 男は次第に、落ち着きを取り戻していった。





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