契約

 昨夜は結局、一睡もできなかった。



 四季さんが去った後、パパにいろいろなことを教えてもらった。

 フレンズのこと。

 スキルのこと。

 そして、四季さんの過去のこと。



 考えてみた。

 四季さんが、どうしてフレンズの研究をしているのか。

 それで、少しだけ、ほんのちょっとだけど、理解することができたことがあった。



 夜。

 私は四季さんと待ち合わせをした。

 指定された場所は丸子橋だった。

 バイトが終わってすぐに向かうと、すでに彼はそこにいた。


「こんばんは」

「あ、のぞみちゃん、おつー」


 昨日とは別人のような、いつもの柔らかい表情、そして声音だった。


「悪いね。こんな場所までわざわざ」

「いや、歩いて15分くらいだし。そもそも連絡したの私ですし」

「……それで、話って?」

「あなたのこと、パパから聞いた」

「…………」

「まさかフレンズって、実在するだなんて思ってなかったよ。できの悪い都市伝説だなーって」

「普通そう思うよ」

「でもほんとに驚き。あなたがそのフレンズだなんて」

「怖くなった?」

「ううん、ぜんっぜん」

「自分が殺されるかも、とか思わないの?」

「うーん、あんまり思わないかな」

「ふふふ……楽観的すぎだよ」

「そうかな?」


 自分が殺されるかも、とはちょっとだけ思った。

 でも別に、それでもよかった。

 四季さんなら。

 だって、私の止まっていた時間を進めてくれたのは、彼だから。

 彼には私の時間を止める権利がある。



 四季さんの横顔を見やる。

 その目には、一体何が映っているのだろうか。

 彼の視線の先にある景色を求めて、私は川面かわもへと視線を落とした。

 水面は、月やら街灯やらあちこちからの光を反射して、ただただ凪いでいた。

 


「ねえ、四季さん」

「ん?」

「前にさ、どうしてひとりでもそんなに毎日勉強してるか、訊いたよね」

「ああ、そうだったね」


 多摩川から四季さんへと目線を戻して、私は言った。


「ひとりで背負うのは、苦しいよね」

 


 四季さんはどこか遠いところを見つめている。

 その表情からは、いつも通り何も読み取れない。

 不意に、彼は一際明るく瞬く星に手を伸ばした。


「北極星は、この時間においては世界に一つしかない」

「…………?」

「ポラリスって言ってね、あの星を中心に他の星は廻ってるんだよ」

「は、はあ」


 急に星の話をされて困った。

 私、ぜんぜん星の知識ないし。


「中心っていうのは、一つっていうのは、孤独なものだよ」

「……それは、あなたは孤独だってこと? 世界にたった一体しかいないフレンズだから?」

「受け取り方は人それぞれ」


 訳がわからなかった。

 でも彼がもし孤独にさいなまれているなら、私は――。


「四季さん、私、あなたと暮らすよ。あなたの人質になる」

「それが君たち親子の結論?」


 首を横に振る。


「ううん、違う。私の結論」

「お父さんは?」

「反対された。でも、後でパパには言っとく。それで問題ないでしょ?」


 四季さんが私に向き直る。


「本当に、いいの? もし僕についてきたら後戻りできないよ」

「だいじょうぶ」

「……分かった」


 四季さんは左手を差し出してくる。


「なら、契約成立ってことで。これからよろしくね、のぞみ」

「はい、こちらこそ」


 私は、差し出されたその冷たい手を握り返した。



 もし彼が孤独にさいなまれているなら、私は――。

 この世にたった一つのポラリスを、観測してみせる。




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