悪魔

 今日は久々に、バイトで休みをもらった。

 放課後、早々と帰宅して家でのんびりしていると、珍しくパパから連絡があった。


「もしもしパパ?」

「望海、今日これから時間あるか?」

「うん、あるよ。なんか頼まれごとかな」

「これから、病院に来てほしいんだ」

「え? いいけど、どうして?」

「お客さんが来ることになっていてね、望海にもちょっとだけ会ってもらいたいんだ」

「……うん、わかった。今からそっち行くね」


 私と会ってほしいお客さんなんて、誰のことか全く見当もつかなかった。

 でもまさか、四季さんのことだったなんて……。





「そうか……のぞみちゃんはあなたの娘さんでしたか。中原先生」

「うん、そういうことだ。久し振りだね、シキ君。いや……『悪魔ディアボロ』」


 パパの挨拶を聞いて、四季さんは少しだけ口角を上げた。


「悪魔呼ばわりされるのも久々ですね。……それで? なぜ、私をここに連れてきたんですか?」


 パパはその質問にすぐには答えなかった。

 私の方に向き直る。


「望海。この前言ってた、『いつもお勉強をしているお友だち』っていうのは、彼で合ってるかい?」

「……うん、そうだけど」

「うん、わかった。ありがとう。もう帰っていいよ」

「あ……うん」


 少し続きが気になったが、面倒な話に巻き込まれるのはごめんだし、私は退出しようとした。

 しかし――。


「少し待ってもらえる?」


 四季さんに止められた。


「え?」

「話したの?」

「……うん、ごめんなさい。話しちゃまずかった?」

「うん、まあまあまずかったけど……まあ、しょうがない。口止めしてなかったのはこちらの落ち度だし」


 そこまで言うと、四季さんは今度はパパに話し始めた。


「先生、私は別にこの場にのぞみさんがいたままでも構いませんが? それとも、何か彼女に知られては困る話だったりして」

「……望海、やっぱりここに座ってなさい」


 私はさっきまで座っていたイスにもう一度腰掛けた。



 四季さんを見やってみる。

 いつもと雰囲気が全く違う。

『フリーダム』でいつも会う四季さんは柔らかい雰囲気に包まれた優しい青年だ。

 でも、今ここにいる四季さんはそんなことはない。

 まるで氷のように冷たくて、触ると危険な刃物のような感じ。

 なんか一人称『私』だし。

 共通しているのは、その表情からは考えていることがさっぱりわからないということだけ。

 彼は本当に、私の知っている坂本四季なのだろうか。




「さて、そろそろ本題に移ってもらっても?」


 平坦な声で四季さんが告げる。


「そうだな。……シキ君、君は独自にフレンズの研究をしているそうだね」

「はい、そうですが」

「進捗状況はどうなんだ?」

「そうですね……、率直に言ってしまうと、あまり捗ってはいません」

「まあ、そうだろうな。あの松村先生でさえ完成までに何年もかかった計画だ。そう簡単には事は進まないだろう」

「…………」

「実はね、この病院でもフレンズ研究を再開しようと考えている」

「へえ、なぜ?」

「決まっているだろう。患者様に1日でも健康な状態でいてもらうこと、それが僕ら医者の使命だ」

「なるほど。患者さん全員にフレンズになってもらって、半永久的に生きてもらおう、ということですか」

「さすが、理解が速いな」

「ちょ、ちょっと待って」


 たまらず口を挟む。

 どうしてもわからないことがあったからだ。


「それって、患者さんはみんな、人間じゃなくなっちゃうってことだよね? それって……」

「もちろん、薬を投与する前に患者様本人の意思は伺うよ」

「いや、そういう問題じゃ……」

「大丈夫、望海は心配しなくていい。……失礼、話が逸れたね」

「いえいえ」

「それでシキ君、君に頼みたいことがある」

「はい」

「君に、この病院におけるフレンズ研究の最高責任者になってもらいたい」

「ええっ⁈」


 私は驚きのあまり声を上げてしまった。

 四季さんの方を見る。

 でも彼は、さっきと同じように微笑している。


「興味深い提案ですね」


 少し黙った後、四季さんは言った。


「そうだろう? 君もこれまでよりもさらに整った設備で研究できるし、何より我が病院としても――」

「人員を割かずに世紀の大発明のための研究ができて、おまけに危険因子である私を監視できる、という訳ですか。実に合理的ですね」

「…………」

「まあ、いいですよ。その話、乗りましょう。ただし、条件が2つあります」

「何だい?」

「まず1つ目。何名か研究員を探してください。まあ、多すぎても邪魔なだけですし……3名ほど。フレンズやスキルの知識を持っている人を頼みます」

「分かった。手配しよう。それで2つ目は?」


 四季さんは私の方を一瞬向いて、それから――。


「娘さんを、私に預けていただきます」

「えええーーーーーっ!!!」


 また驚いて叫んでしまった。


「えっ、なんで? それって、四季さんと私が一緒に暮らすってこと?」

「まあまあ落ち着いてよ」


 落ち着いてって言われても……。

 ま、まま、まあ……困ったときは……”のんのん”に頼るしかない。


「お、おお、落ち着けないニャ!!! どういうことか説明してほしいニャ!!!」

「僕からも頼むよ。この件については納得できる答えが返ってこないと受け入れられない」

「……簡単に言ってしまえば、人質ですよ」

「人質? のんのんがかニャ?」

「うん。私がこの提案を受け入れるということは、私にはいつでも命の危険があるということです。これ自体が私を殺すための罠かもしれませんし。なので、人質は必要です。とは言っても、私の方から危害を加えるようなことは絶対にしません。それは約束しましょう」

「…………」

「…………」


 私もパパも何も言えなくなってしまっていた。

 この数分間で思ってしまった。


 この人は、坂本四季は、本当に悪魔なのかもしれない、と。



「それじゃ、そういうことなので。私は帰ります。条件のことは………まあ、お二人で相談でもして決めてください。………悪魔と契約できるか、ね」





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