荷物

 あれから、3週間が経った。



 私も佐田さんもまた自分の時間を進め始めることができた。

 まだ、あずさちゃんのことを思い出して苦しくなってしまうことはあるけれど。





「うーん、どうしたら細胞分裂しなくても体腐らなくて済むんだろ。細胞内の老廃物を出すには………」

「四季さん」

「ん? ああのぞみちゃん。おつー」

「お疲れ様です。はい、カフェオレ。私からのサービスだ。ありがたく受け取りなさいっ」

「あ、ありがとう」


 四季さんはテーブルいっぱいにノートやら何やら広げてお勉強中みたいだった。

 まあ、いつものことなんだけど。

 私は彼の向かい側の席に腰掛けた。


「っていうか、今はのぞみちゃんなんだね」

「うん、もう営業時間外だからね」

「え、うそ………ほんとだ! もう11時過ぎてるじゃん! 言ってくれよー」

「だってすごい集中してなんか書いてたんだもん」

「あー、ごめん………」


 四季さんは荷物をそそくさと片付け始めた。


「ねえ、ひとつ訊いても?」

「僕が答えられることなら」

「前々から訊きたかったのだけど、四季さんは毎日なんの勉強してるの?」

「不老不死の生物をつくる勉強だよ。初めて会った時に言わなかったっけ?」

「いやプロフェッサーエスさんじゃなくて坂本四季さんに訊いているのですが」

「ガチだけど?」

「………え?」

「だから、僕は死ぬことのない生物をつくろうとしてるんだ。いや、正確に言えば人間がそうなるための薬かな」

「そんなの……できるの?」

「うん。できるはずだよ、絶対に」

「なんでそう言い切れるの?」

「つくった人がいるから」

「……………」


 信じられなかった。

 本当にそんなことが、永遠の命を持つことが可能なのだろうか。

 もし可能なのだとしても、それは許されることなのだろうか。


「………四季さんは、どうして毎日そんなに頑張って研究してるの?」

「うーん、そうだなー。……背負ってる荷物をちょっとだけ軽くするためっていうのと、あと……友だちを増やすため、かな」

「友だちを……?」

「……………」


 そう言った四季さんの横顔は、いつもと変わらない表情なのにちょっとだけ辛そうに見えた。


「でも、ひとりなのにそんなに毎日やってるってことは、楽しいの?」

「……うん、もちろん。ただ……」

「ただ?」

「……ううん、なんでもない。じゃ、帰るわ。おやすみー」

「……おやすみなさい。またお待ちしてますニャン」



 私にはわかる。

 あの人は、何かを隠している。

 この前までの私と同じように、あの人も過去の何かに捕らわれてしまっているのかもしれない。

 自分の時間を進めることができていないのかも。

 私は、彼を助けることができないだろうか。

 彼が私を救ってくれたように、私も、彼を救えないだろうか。



『そんなに毎日やってるってことは、楽しいの?』

『……うん、もちろん。ただ……』


 ―――虚しくて、寂しくもなる、かな。


 彼の表情は、そう言っていた。

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