真実
「私は、中原望海です」
そう告白しても、四季さんはあまり驚かなかった。
それで私は少し拍子抜けをする。
「あー、君がのぞみちゃんだったんだー。なんか峻平くんから話はよく聞いてたから一回会ってみたいと思ってたんだよね。まさかこんなに身近にいたとは」
「ぜんぜん驚いてる感じじゃないけど。……このことは、他の人には内緒で頼みます」
「了解。でもなんで? ていうか誰にも言ってないの?」
「言ってないよ。言ったらきっと、みんな私を私として見てくれなくなる」
「と言いますと?」
「まあ早い話、”中原望海”と”のんのん”は分けて考えてほしいってことです」
「なるほどね。分からんでもないな。……でも、これだけは覚えといた方がいい」
「……?」
「のぞみちゃんものんのんちゃんも、紛れもなく君自身なんだってこと」
「……どういうこと?」
「いずれ分かるよ。きっと」
私も”のんのん”も、中原望海……?
”のんのん”は中原望海が嫌でつくりだされた存在なのに?
……今、深く考えるのはやめておこう。
「それで、佐田さんのことだったよね」
「うん、そうそう。君はあずさちゃんと同級生だった?」
「え? なんで知ってるの?」
「峻平くんにそう聞いてる」
「そっか……」
「君はさ、今の峻平くんを見てて、どう思ってるの?」
「…………」
四季さんはまっすぐに私を見ていて、私は彼から視線をそらしてしまう。
「ていうかさ、君は何を知ってるの?」
「…………」
ほんとうのことを言うことは怖い。
誰もがそう感じているだろう。
だから私は逃げた。
逃げて逃げて逃げて。
でもこの人になら、言ってもいいかもしれないって、なぜかまた思っていて。
「ぜんぶ、知ってる」
そう答えていた。
「……だったら、ぜんぶ知ってる上で、今の峻平くんは、どう思う?」
「ちょっと待って。訊いてこないんですか?」
「別に僕、尋問する趣味ないし。まあ、君が話したいなら聞くけど」
「……ここまで私にその気にさせといて。無責任すぎ。嫌でも聞いてもらいます」
「え? なんか僕、怒られてる?」
「別に怒ってない」
「怒ってるじゃん。まあ、話して。聞くから」
「……私が……」
「私が、あずさちゃんを殺したの」
去年の9月27日。
その日も学校が終わって、いつも通りバイトをしていた。
客足はそれほど多いわけではなくて、接客の合間に少しだけ、ぼんやりと外を見ていた。
その時、駅の方からあずさちゃんが歩いてくるのが目に映った。
ずりずりってすり足で、うつむいて、こっちに近づいてきた。
次第に、彼女の表情が見えてきて――。
その瞬間、お店を飛び出していた。
私には、他人が考えていることがわかる特技がある。
それで、あずさちゃんがこれから何をしようとしているかがわかってしまったのだ。
彼女には、すぐ近くの歩道橋で追いついた。
「あづにゃん?」
呼びかけると、あずさちゃんはゆっくりとこちらを向いた。
「……のんちゃん……」
「こんなところで何してるニャ? ニャンかすっごく辛そうだけど」
なんであずさちゃんがこんな様子かは知らないふりをした。
私は今は、”のんのん”だから。
「…………」
「悩み事なら、相談に乗るニャ!」
「……みんながね、優しすぎるんだ……」
「……どういうこと?」
「あづさね、ここ最近、学校でいじめられてるんだ。あづさはおねえちゃんとかしゅんちゃんに余計な心配かけたくないから言ってなかったんだけど、どっかからバレちゃったみたいなのです」
それは私が、佐田さんに相談したからだった。
「それでおねえちゃんもしゅんちゃんも、それからクラスメイトののぞみちゃんも、すっごく心配してくれて、あづさのことを守ろうとしてくれてる。またあづさは、みんなに迷惑かけてる」
「……そっか」
言葉にしてしまえばそれだけの内容だった。
でもいじめは、被害者だけじゃなくて、その周りの人も傷つけてしまうものだ。
「のんのんはあづにゃんの周りの人たちは、そんな迷惑だなんて思う人いないと思うニャ。兄者もひーにゃんも、そんな風に思ってるはずないニャ」
少なくとも、私は――中原望海はそうだった。
「だから、あづにゃんが今からしようとしてることは、止めるニャ」
「え?」
「あづにゃん、ここから飛び降りるつもりだったでしょ?」
「…………」
「そんなことしたら、みんな悲しむニャ」
「でも、あづさがいなくなれば、みんなは目いっぱい自分の好きなことをやれる」
「だとしても――」
「ありがとう。のんちゃん。さいごに話せて良かったよ。じゃあね」
そう言って彼女は、歩道橋から身を乗り出した。
「あずさちゃん!」
私は、落ちていくあずさちゃんの手を掴んだ。
「……離して、のんちゃん」
「やだ!」
でも、私はあずさちゃんよりも体が小さくて力もないから、引っ張り上げることもできなかった。
徐々に腕に力が入らなくなっていく感覚を、握ったあずさちゃんの手の感触を、今でも鮮明に覚えている。
不意に、少し強めの風が吹いた。
私は、ウィッグが飛ばされてしまわないように反射的に右手で頭を押さえた。
――握っていたあずさちゃんの手を離して。
もちろん、左手もあずさちゃんの手にはかかっていた。
でも、私には片方の手で自分よりも大きい人を掴んでいられる握力があるはずもなく。
あずさちゃんは、落ちていった。
手が離れた瞬間のあずさちゃんの表情から、私はその時の彼女の考えがわかってしまった。
それは、やっといじめから解放されるという安堵。
それは、自分を守ってくれた人への感謝、罪悪感。
それは、これから訪れる死に対する諦め、恐怖。
そしてそれは、まだ生きたいという希望だった。
私は、彼女の手といっしょに、彼女の希望を捨ててしまったのだって思えてきて、全身から力が抜けて、歩道橋の上で震えが止まらなくなって――。
気づいたときには、パパが勤めている病院だった。
私があずさちゃんを殺した。
私があずさちゃんを殺した。
私があずさちゃんを殺した。
私があずさちゃんを殺した。
私があずさちゃんを殺した。
私が殺した。私が殺した私が殺した私が殺した私が殺した私が殺した私が殺した私が殺した私が殺した私が殺した私が殺した私が殺した私が殺した私が殺した私が殺した私が殺した私が殺した私が殺した私が殺した私が殺した私が殺した――――――
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