猫
今日は9月26日。
”あの日”から明日で1年だ。
1年前の明日、私の友だちだった子が亡くなった。
学校でいじめに遭い、それが原因になって歩道橋から飛び降り、車に轢かれてしまった。
……ということだ。
私は今日も、現場に向かった。
ここへはいつも来ている。
今日は花を持ってきた。
パンジーだ。
私はお花にはあまり詳しくないけど、昔からパンジーは大好きだった。
パンジーという名前の由来は、『パンセ』というフランス語で『思想』を意味する単語にあるみたい。残念ながら、私には『パンセ』の綴りはわからない。
その由来のために、パンジーは長い間自由思想のシンボルだった。
……自由、か。
私も自由に、やりたいことをやっていいのだろうか。
お店のスタッフルームに入って準備をしていると、友里さんが声を掛けてきた。
友里さんは、私がバイトをしている喫茶店、『フリーダム』のオーナーさんだ。
「のん、今日学校どうだった?」
「んー、まあ、別にこれと言って、って感じかニャ」
「そっか。……大丈夫?」
「……何がかニャ?」
「明日は……」
「…………」
「……ごめん」
「ニャンニャ~ン! 気にすることないニャ! のんのんはこう見えて、けっこう心は強い方なのニャ!」
「フフフ、のん、今は勤務時間外よ。まだその口調にしなくても」
「何言ってるニャ! のんのんはニャンニャン語しか話せないのニャ」
「はいはい、そうだったわね。でも、辛いときは相談してね。のんって実は、顔に出やすいのよ。だから辛そうなときはすぐ分かるの」
「フニャ~、まだまだ修行が足りないニャ……」
「んじゃ、今日もよろしくね」
「……友里さん」
スタッフルームから出ていこうとする友里さんの背中に向かって言葉を投げかける。
「ん? どうしたの?」
「……いつもありがとうございます」
「どういたしまして」
友里さんは柔らかく笑って、この部屋から消えた。
午後5時前。
お店のドアが開いた。
「いらっしゃいませ! 空いてる席どぞだニャ!」
佐田さんがいつものように窓際の席に座る。
お水を汲んで持っていく。
そういえば、確か一昨日、エスさんが秘密会議するって言ってたような……。
佐田さんに訊いてみよう。
「今日は一人なのかニャ?」
「いや、あずさが今、トイレに行っている。それにもうすぐエスとヤツの知り合いが来る」
胸のあたりがきゅっ、と苦しくなる。
ごめんね、佐田さん。
あずさちゃんはもう、いないんだよ。
そんな感情はなるべく顔には出さないようにしなきゃ。
悟られないように佐田さんに顔を寄せ小声で話す。
「ふうん、なるほどニャ。……今日もまた秘密の会議かニャ?」
「ひ、秘密の会議とは、なんのこと、だ?」
「とぼけても無駄ニャ。いつもこの席で兄者とエスにゃんで――」
「あれは会議ではない。俺の計画にヤツがいちゃもんつけてくるだけだ」
「そうなのかニャ? でも、楽しそうニャから混ぜてほしいニャ~って、いつも思ってるニャ」
「ならば次からはのんのんどのも参加したらいいでござるよ」
急に後ろから声が聞こえて、少しびっくりする。
振り向くと、やはりエスさんだった。
エスさんは私のこれまでの人生で、1番ミステリアスな人と言っても過言ではない。
本名不詳。ちょんまげに和服姿。ござる語。
……その真意がわからない。
私には、他人が考えていることがなんとなくわかる、というささやかな特技がある。
でもこの人には、それが通用しない。
でもこの人には、私のことをすべて見抜かれているような気がする。
『色モノどうし、仲良くしようよ』
初対面のときに言われた言葉が頭の中を駆け巡る。
でもそんな感情は心の中に閉まっておく。
「あっ、エスにゃん! いらっしゃいませだニャン」
「のんのんどのも、毎日ご苦労でござる。しゅんぺーどの、隣、空いてるでござるか?」
「いや、あずさが隣に来るはずだ」
「んじゃ、拙者はこっちに、と」
また胸が苦しくなる。
これはきっと、神様から私への罰だ。
私の、あずさちゃんへの罪に対する、罰だ。
この後、エスさんのお友だちの岸井七羽さんも加わってとりとめのない会話に興じていた。
「楽しそうね、あなたたち」
友里さんが、後から来たエスさんと岸井さんにお水を持ってきたようだ。
二人の前にコップを置くと、友里さんは私の方を向いた。
「水を差しちゃうようで悪いんだけど、のん、お客さん来てるわよ」
…………。
またか……。
最近、メイド喫茶のチェーン店のオーナーの方が毎日のようにこの店に押し寄せてくる。
私はここ以外では働く気は一切ないので断り続けてるんだけど。
「見ての通り、のんのんは今、接客中ニャ! そちらのお客様の接客は引き受けてくれないかニャ?」
「それがそうもいかないのよ。そのお客さんたちはのんに用事があって来たらしいの」
友里さんがそう言っているということは、きっと私が出ないと引き取ってくれないんだろう。
しょうがないな。
「んんー……やっぱり人気者はつらいニャ。でもそういうことならわかったニャ! すぐにうかがうニャ。それではみんな、ごゆっくり」
憂鬱な気持ちが顔に出る前に、小走りで店の奥に戻った。
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