Brain RE:Right TRUE

たいらかおる

エス

『フリーダム』のドアを開けると、快活な声が聞こえてきた。


「いらっしゃいませー! あっ、エスにゃん、こんにちニャンニャン!!!」

「のんのんどの、こんにちは。今日もご苦労でござる」



 最近、だいぶ”エス”と呼ばれることに慣れてきた。

 僕は――坂本四季は、いてはいけない存在だから。消えたはずの存在だから。僕はこうして、”プロフェッサーエス”と名乗って、仮面をつけて生活している。



 挨拶してきてくれたのは、のんのんちゃんというこの喫茶店のバイトの子だ。

 いつも元気いっぱいで、ニャンニャン語で話す、ちょっと変わった子……っていう設定だと思う。

 僕には、彼女もまた僕と同じように、仮面をつけて――いや、彼女の場合、猫をかぶって、の方が良いかな――生きているようにしか見えない。

 彼女に対する僕の印象はそんな感じ。

 でもまあ、僕は他人の心に土足で立ち入るような真似はしないつもり。



「エスにゃんエスにゃん、今日は一人かニャ?」

「ん? ああ、そうでござるよ。今日は勉強をしに来たでござる。ここなら空調も効いていて、集中できるでござる。混んできたら声を掛けてほしいでござる。そしたら帰るので」

「了解ニャ! ちなみに……なんの勉強かニャ?」

「不老不死の細胞についての研究でござる」


 温かいカフェオレを注文して、ノートを開く。



 ”フレンズ”という生物についての都市伝説が、この地域にはある。

 ”フレンズ”は不老不死の怪物で、人間を襲い、やがて世界を支配しようとしている、という内容のものだ。

 初めて聞いた時はさすがに笑ってしまった。

 ちょっと誇張されてるけれど、ほとんどそれは事実だったから。断じてフィクションではない。


 そして、僕はフレンズだ。


 1年とちょっと前まで、名京大病院では、フレンズについての研究が行われていた。

 フレンズは、細胞分裂が抑制されることで、老いたり死んだりしにくい。

 しかし副作用として、全身に刺青のような文様があったり、自我が保てなくなったりするなどの場合がある。

 僕はその実験体として、フレンズになった。

 僕の場合の副作用は、人間だった時の記憶の欠損だった。



 その研究は、いくつかのトラブルがあったものの、途中までは順調だった。

 しかし、残念ながら成功間近で頓挫してしまった。

 研究責任者が死亡したためだ。



 僕が、殺したんだ。

 大切な友だちを守るために。



 でも、彼のその発想自体は、間違っていないと僕は思っている。

 死という概念が無くなれば、みんなが幸せに過ごせるようになるかもしれない。

 だから僕は、一人でフレンズ研究をしているのだ。


 フレンズを造る薬剤の完成品を僕は持っている。

 研究責任者を殺した時に、落ちていたのを拾ってきたから。

 でも、いくら調べてみても、その構造は分からなかった。


「んー、細胞分裂阻害剤が入ってるのは確かなんだけどな……」



 しばらく悩んでいると、電話が鳴った。

 相手は、僕の最も古い友だちからだった。


「はい、もしもし」

『あ、もしもし四季くん?』

「七羽さん……どしたの? そっちから連絡くれるなんて珍しいじゃん」

『前々から頼まれてた件について』

「あ、来れそう?」

『あさっての午後とか、どう?』

「んーっと、あさっての午後ね……うん、大丈夫。彼にも言っとく」

『分かった。じゃあそゆことで』

「了解です。よろしく」


 電話を切った後、忘れないうちに峻平くんに連絡を入れた。

 まあ、一応のんちゃんにも言っておくか。


「のんのんどのー?」

「フニャ? 何かニャ?」

「明後日のことでござるが、ここで秘密の会談をしても構わないでござるか?」

「もちろんニャ! ていうか、ここは事前予約制じゃないので、わざわざ言ってこなくても……」

「そうでござるな。……じゃあ、今日のところは帰るでござる」

「うん! またお待ちしてますニャ!」



 …………。

 ”エス”と呼ばれることには慣れても、ござる語にはなかなか慣れないな……。

 だいぶ恥ずかしいし。



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