第25話 整い、癒され、バスタイム

 さて、前世世界の日本、特に21世紀にお住いの皆様にとって夕食と就寝の間にすることといえば、入浴、時間や風呂が無ければシャワーだろう。……という概念が今生の世界でも通用するのか、幼いころ、記憶を取り戻して間もなくの私は不安だった。風呂や衛生の重要性がヨーロッパで言われ始めるのはもう少し後のことだからだ。しかし、此処は21世紀人の作ったゲームの世界。どうやら水回り、お湯回りは抜かりないようだった。「身が不潔であることは魂が清潔である証拠だ」等の迷妄が飛び出さなくてよかった。


 エレベータで浴場入り口のある2階に降りたら、靴を脱いで脱衣所に入り、籠に服を置いてタオルを受け取り、浴場入り口で掛け湯をする。待っていたのは前世でおなじみ大浴場と、サウナもセットだ。風呂にじっくりつかるのも実にいいが、この王国のサウナは実に素晴らしい。なんでもサウナ室の真下にはビュッフェやルームサービスのお菓子、朝食などを用意するキッチンがあり、そこの中でもパン焼きの窯の熱で追加で湯気を生み出し、サウナにしているそうだ。そのおかげかパンの美味しい香りが漂い、何ともいいものだ。このホテルでは消灯時間まで営業中の売店には常にパンとジュースが置いてあるので、風呂上りに買ってから部屋に戻ろうか。

そんなサウナで温まる私達。ついでにアカスリ。

あっためられて頬を赤らめるセラティナの可愛さも手伝って、なかなか心地の良い数分間だった。

 

 そして水風呂でほてりを取ったら、メインディッシュの大風呂である。

「ふぃー……」並んで2人、ゆったりお風呂。前世ではお風呂といえば大抵千菜と一緒に入るものだった。今生では一人で入るのが基本だったが、あれが寂しくて仕方がないのだ。

「お姉ちゃんと一緒にお風呂!夢みたいです!」

「私もセラと一緒に入浴できて幸せです。すりすり。」

ああ、風呂で緩んだ気持ちがセラティナに頬ずりをしてしまった。幸せ。

そしてゆったりしたところで見上げたところに、これも定番、浴場壁画。前世世界の日本では富士山を筆頭に山岳地帯の光景を描くのが基本であったが、こちらの世界では花畑の光景である。日常から一歩離れた憧れの旅景色、ということだろうか。

等と考えていると、さながら風呂玩具の定番ゴムアヒルのようなものがお湯を漂っている。よく見たら妖精さんだった。髪を結いあげつつ、阿比留さんを思わせるデザインの洋服は彼女なりのお風呂表現か。そこはかとない微笑ましさである。


 そして風呂上り。ご丁寧に牛乳のストックとコップが置いてある。わかっている。やはりバルフェリア人、牛乳の一番旨い飲み方というものを心得ている。そう、お風呂上り、ほてった体に一気飲み。これが贅沢だ。

「ぷはー!」

ああたまらない。このホテルは何もかもがレベルが高い。さあ、この暑さと冷たさ両方の心地よさを堪能したところで、夜食パン買って部屋に帰ろう。昼間の歩き倒しの疲労感も、癒され感覚で上書きされていい具合だ。


 部屋に帰った私たちは、ペンギンとクラゲのぬいぐるみの歓迎を受ける。

ああ、前世もこういうフカフカなものが割と好きで、部屋にため込んだなあと感慨にふける。本来なら明日の昼には王宮に帰らなければならない休暇だったが、2日も伸びたことで心の余裕も段違いだ。今夜は何も憂うことなく、寂しいこともなく、理想的な眠りにつけそうだ。

そんなことを考えながら、私達はサウナで漂ったイーストの美味しい香りをいかんなく発揮するパンとジュースで乾杯だ。

「何から何まで幸せ尽くし、来てよかったですね……」

「マリーお姉ちゃんも幸せ、私も幸せ、えへへ!」

ああ、今もしかしたら前世18年、今生18年。合わせても一番幸せなひと時かもしれない。きっと明日も、幸せ尽くし。こうも幸せだと、此処がバグまみれの王宮で生死の危険にさらされ続ける危険なゲームの世界だということも忘れそうだ。

まあ、でも今だけはそのことさえも忘れてしまって構わないような気がした。

だってこんなにもかわいいセラティナと、2人。こんなにも相思相愛なのだ。

それで世界は平和だ。それでいいのだ。

あくびを1つした私は歯を磨き、ベッドイン。

少し遅れてセラティナも入ってくる。二人で仲良く、おやすみなさい。

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