第22話 ふよふよとひらひら、あとはのしのし
迫真のイルカショーを見終えたら、後は夕食の時間までゆっくりと水族館を見て回ろう。まずは順路上、大水槽の次に来るクラゲのコーナーだ。ああ、これはなかなか贅沢な体験だ。上から照らされたトンネル状の水槽で、クラゲに囲まれる体験。
ふわふわと私達の周りを漂うクラゲたちに、安らぎのひと時。
スライムともまた違うこの感覚が癖になる。
「あ!このクラゲさん、美味しそうですよ!」
トンネルを抜けた先にセラティナが見たものは、フライドエッグジェリーフィッシュ。その傘は目玉焼きにしか見えない珍妙な見た目をしている。正直言って食料とみなされても文句は言えないような有様ながら、残念ながら弱いながらに毒を含み、食用には適さないらしい。それでもきっと、この国の住人ならば「食って死ななきゃ食えるんだ」などとのたまい、食べたくなる人間もいるだろう。例えば、私とか。
他にも色とりどり、見た目も単に「傘の下に触手」というだけではない多様なクラゲたちが、円柱や球形の水槽を泳ぎ回る。説明板によるならば、彼らは同じ「クラゲ」の名を冠する生物でありながら、分類からして様々であるそうだ。
レモンのような形のものから、あえて逆さになってイソギンチャクのような体勢になっているもの、小さいものから大きなものまで、彼らは実に豊富だ。このように豊富で、しかしなんとも穏やかそうなふよふよを見ていると、人間もこの生物達から学ぶことが多いように感じられる。
名残惜しくもクラゲのコーナーを離れた私達が次に向かったのは、淡水魚コーナー。開幕で出迎えてくれるのは、前世の世界でも飼育魚として定番のメダカや金魚である。特に金魚は桜輪趣味の飾りつけがなされた水槽で雅だ。雅なのだが、当水族館の金魚はなかなかに大きいのだ。金魚すくいなどでもらってきて、金魚鉢に買うようなレベルのものではない。もはや恋の仲間だといわれた方が納得できるようなサイズ感。それでいて振袖を纏うような贅沢な和美人の趣を醸し出す金魚たち。よほど大切に育てられたのだろう。この区画に流された琴の風流な音楽も手伝っていい具合だ。
「マリーお姉ちゃんみたいで綺麗!」
「セラみたいでかわいいですね」
ああ、なんというかぶり。これもセラティナがかわいすぎるのがいけない。なでなでをしておこう。
そしてメダカである。前世の記憶を頼るなら、彼らの雌雄はひれを見ればいいはずだ。そもそも前世の世界の「メダカ」と今生の世界の「メダカ」が同一種で、同じ識別法が可能であるとは限らないが。この世界のメダカについては説明を見よう。どれどれ……
「背びれ、尻びれの形で雌雄の識別が可能である。オスは背びれがのこぎり状で、尻びれが平行四辺形、メスは背びれが丸みのあり、尻びれが尾に向かい小さくなるのが特徴である。」
「つまり、どういうことですか?」
首をかしげるセラティナ。義務教育のない近世国家の標準的な15歳には少し語彙が難しいのだ。
しかし、内容自体は前世と同じか。それを確認して改めて水槽を見る。
「今水草の下のところで休んでいるものはオス。下の方のひれが大きいでしょう?そして上の方でとどまっているのがメスです。下のひれがちょっと小さいのがわかるでしょうか?」
「なるほど!あの説明はそういうことだったんですね!」
尊敬の目でくれるセラティナ。しかし凄いのはこれで識別できることを見つけた先人であり、私ではない。
さて、次はそろそろ水族館巡りも終わりが近い、爬虫類エリア。
イグアナ、ウミトカゲ、ヘビと展示されているが見て可愛いものはなんといってもカメだ。重厚な甲羅を纏いつつのしのしと歩いて葉物野菜を眠たげな眼で美味しそうにいただく彼らの姿は実にのんびりしている。ゆったりだ。
思えば楽をするために建物にこもり技術を磨いてきた我々人間は前世の世界ではずいぶんと急いた暮らしを強いられていた。我々は、クラゲに次いでカメにも文明のあり方について学ぶ時が来ているのではなかろうか。そんなことを考えていると……。
私とセラティナのお腹が、鳴り始めた。
あまりこの食事シーンばかり見ているのも、私達のお腹によろしくない。
夕食を楽しみにしながら、最後のコーナーに向かう私達だった。
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