第17話 公爵令嬢、からくり相手に意地を出す
美味しいお茶と不思議な庭園にすっかり活力を取り戻した私達は、次のエリアに向かう前に一つ遊んでいこうということで、弓曳童子の射的屋台に来ていた。
呼び込みの店員の声に合わせて弓を構える、武者の装備で固めた女性人形。
「それでは的にご注目……そら射って……!ハイ当たり!」
素人目にも見事とわかる構えから飛んだ矢は子気味いい音とともに、鈴のついた的の中央に次々大当たり。カランコロンの音に合わせて客の喝采が飛ぶ。
からくり制御で弓を扱う人形自体は前世の世界にもあったが、これもなかなか優れている。元より弓、とくにこのからくりが扱うような弦を手でひいて扱うロングボウ型のものは一朝一夕に扱えるような武器ではない。ものによっては習熟して一人前の弓兵として戦場に立つ頃には手足の形が完全に弓の扱いに特化した構造になってしまうほどということもありうるのだ。それを、この精度。十数メートルながらに5射中5回全てを的の中心に命中の精度で扱うのだ。
こんな遊園地の射的の曲芸ではなく、数千台を並べて実際の戦場で活躍させればいいんじゃないかとさえ思う。
「さあこのバルフェリア一のからくり弓取りアオイ=ミツバを破る猛者はいるか?」
店員の声に合わせてアオイは向き直り、「さあどうぞ」といわんばかりに客たちに笑顔を向けて歓迎のポーズでアピール。余裕の表情だ。しかし美人だ。当世具足の似合い具合もなかなかで、凛とした姫武者の風格が漂っている。
「人形相手に負けてられっか!止めてくれるな!」
客の一人が参加料を払ってアオイの弓を受け取り、構えて一射。挑発に心乱れた矢は当然精細さを欠き、的に届かず床に落ちる。
結果5射中、的にかすり1回。残念な結果である。
「これに懲りずにまた挑んでくれよ!はい景品!」
景品は懐かしのけん玉。前世の世界では日本のおもちゃというイメージもあるが、存外世界中でこういうものはあったらしい。
「次はぎゃふんといわせてやるぞ」と鼻息を荒くしながらもスコン、スコンといい具合にけん玉を成功させているのだから、本来器用な人なんだろうとは思う。
「さあ、次はいるか?」と調子づく宣伝に乗せられ、セラティナが弓を取る。
「マリーお姉ちゃんにかっこいいところ、見せちゃいますよ!」
セラティナの矢は比較的いい具合の軌道を描くけど、やはり少しパワー不足か。
的に2回、うち1回をきちんと命中させたものの、アオイのそれには及ばない。
景品は万華鏡。なかなか粋なものをもらえている。
しかし、私の心にも火がついてしまった。アオイはいとも簡単に連続で的中させていたのだ。人間にはからくりと異なり意地というものがある。セラティナをこうも簡単に負かした相手に、何もせずに撤収とはいかない。
私だって前世では操作の理不尽な、クリアさせる気が毛頭無いような高難易度のゲームなんかはいくらでもやってきたのだ。
これだってその一つと思えば、やってやれない勝負ではない。はずだ!
「さあ、本日最大の大勝負なるか?いざご武運を!」
弓を構え、冷静に的を見る。この膂力なら十メートルでも飛ぶまでの間に少しは落ちるはずだ。的の上の方の鈴に狙いをつけ、まず一回。
カランカラン!綺麗な当たり!幸先がいい。
「さあ、アオイにライバル登場なるか?次の一射も……よし行った!」
いい具合に2度3度、当たりを出す。結果といえば……。
「ああ惜しい!しかし見事だ!開園以来の名勝負!4射命中1射のかすり!的を外した矢はなんと0!」
かすりを命中とみなし、全的中景品とみなしもらえた景品はこの庭園のポートエリアの宿泊施設、シーフロントホテルのペアチケット。
丁度休暇も伸びたのだから、今夜のお宿にちょうどいい。
「今夜は海の見えるホテルでお姉ちゃんとお泊り……幸せ……!」
夢のような光景を想像するだけで私の心も踊るが、その前にすることがある。
「一旦中央エリアに向かいましょうか。そこで手紙を書かなくては。」
そう、セラティナのご両親にもこの休暇の延長と、今夜の宿泊を伝えなければならないのだ。
真昼の太陽のもと、私たちは東洋風エリアを後にする。
アオイ人形に惜敗した悔しさは募るけど、セラティナの太陽にも負けないキラキラの笑顔を勝ち取れたので良しとしようか。
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