第12話 セラティナ邸お宅訪問

 「お嬢様、2日分の着替え及び遊び道具の用意、完了致しました。」

そう、今日はついに待ちに待ったセラティナ邸訪問の日である。

彼女とは10年来の交流になるが、遊ぶときは街か、公爵家の屋敷の方だった。

何気にセラティナの家を実際に訪れるのは初めてだ。

前世のゲームのプレイ中でなら、作中時間の結構な割合、イベントの引き次第では二年間のうち半分以上を出勤拒否して自宅で過ごすことさえ珍しくなかった。

しかし此処まで結構ゲームとこの世界の実情の隔たりも大きいと、実際はどうなのかわからない。


 「あくまで本腰は家宅捜索……バグの温床の確認で……」

「その割にはニッコニコだよな。まあ、セラティナちゃんを撫でるとき……なんというか母親の顔になるんだもんな。なんかこう、根っから癒されてるというか……

まあ、楽しんできなよ。バグとかいう怪奇現象の細かいことはよくわかんないけどさ」

仕事の合間に顔を出しに来たお兄様。

最近はなんだかんだで宮仕えにも慣れてきた様子で、妹としても鼻が高い。

そんな彼にもそろそろ婚約者の類が現れてもいいと思うのだが、どうだろうか。

性格も顔も家庭方面への気配りもよくできたなかなかの優良物件だとおもうのだが……。


「セラティナ……最近城の女官見習いとしてきた女の子だよね。

撫でるときに母親の顔になる……その話、詳しくお聞かせ願おうかな?」

王太子殿下登場。百合好きとしてはやはり気になるところなのか。

「殿下、私から説明させていただきます。マリーは乗合馬車の発車時刻も近いから、もう出た方がいいでしょうし。」

「では、行ってまいります。明後日の昼には戻りますね。」

王太子殿下に1から100まで私とセラティナの関係を話せば、きっと興味が暴走して話が長引くことは避けられないだろう。

その辺に気が利くお兄様の配慮に感謝しつつ、私は荷物を手に部屋を出る。

「なるほど……ああ、素晴らしい……」

王太子様の満足げなうなり声が部屋から聞こえていた。ああ、この辺は想定通りだけども。


 王宮を出た私たちは待ち合わせ場所に向かう馬車に乗った。

「えへへ、待ち合わせるつもりが同じ馬車になっちゃいましたね。マリーお姉ちゃん!」

仕事の都合次第では、馬車の都合が合わない可能性が高い。

だからセラティナ邸に近い馬車乗降所で待ち合わせることにしたのだが、その手間は省けそうだ。

「今夜はお姉ちゃんと一緒に遊べると思うともううれしくて今日は朝から張り切ってたんです!」

ああかわいい。これはナデナデしてしまう。

本当にこんな真っすぐに笑顔のまぶしいセラティナが、なぜゲームの中だとマリーヤにひどい目にあわされ続けなければならないのか理解に苦しむ。


 むしろこの笑顔で王太子を取られるという恐怖に駆られでもしたのだろうか。

少なくとも婚約者の本心が自分にないことはゲームのマリーヤも理解していたわけだ。こんなかわいい子が現れれば、「婚約者を取られる、自分はいよいよ孤独になってしまう」という恐怖にとらわれたか。

まあ、それでも現実の私にそのようなことを考える必要はあるまい。

今も馬車の隣の席で猫じゃらしにあやされる子猫のような感覚で私に甘えてくれる彼女のお陰で、ゲーム期間開始以降寂しいと思うこともあまりないのだから。


 「王太子妃様方の降り場、到着いたしました。」

「本日は乗せていただき、ありがとうございました。」

御者の案内に従い馬車を下りる私達。

「そろそろ私の家に到着です!」

案内された建物は、男爵家の館というには質素だった。

彼女の実家、ネルソン男爵家は貴族の位を授かったのも彼女の祖父の代のこと。

そのため家屋のベースは平民階級に代表的な二階建ての一軒家だ。

「まあ、マリーヤ様!この度はよくお越しくださいました!マリーヤ様と一緒にいられれば娘も喜びます。どうぞおあがりください。」

「こちらこそ、お招きいただき感謝申し上げます。」

セラティナのお母様に歓迎を受けた。

セラティナの顔は母親譲りなんだなと、改めて感じる。


 さあ、王宮暮らしで息が詰まる感覚に少し悩んでいた分、2日間精いっぱい楽しく過ごそう。

セラティナ邸に入る私たちの頭の上で、一筋の流れ星がきらりと光った。

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