第11話  画面の外の世界の話

 「おつかれさま、セラティナ。」

ひとまず最初の3週間を生き延びたデータをセーブし、私は冷蔵庫のプリンを取りに行く。

お姉ちゃんのプリンの味よりも、しっかり整った味のコンビニプリン。悪くはないけど、やはり埋まるのは口寂しさで、心の孤独ではない。


 それにしても困ったことになった。お姉ちゃんのメモの結構な部分と違うことが起こっていた。まずもって初日の時点でイベントで既にマリーヤの対応が個別ルート終盤のような甘やかしぶりだ。

優しいと評判の王太子様も、初日にいきなり王宮正門に現れてお姫様抱っこなんてしない。ましてや個別ルートどころか共通ルート期間内のマリーヤは主人公にとって敵でしかないはずなのに。

更に、セラティナとマリーヤは本来初日イベントが初対面のはずだ。それなのに、セラティナはまるで、小さなころからそうだったように当たり前のようにマリーヤの腕の中で安心したような表情をしていた。


 まあ、これであればむしろ最大クラスのゲームオーバー要因であるマリーヤによる攻撃の可能性が低いという事でもあり、歓迎すべきことだと思う。

現に全く、最初の一か月のうちに発生可能性がある妨害イベントは一度も起きなかった。逆にこちらから彼女の城内の定位置にお邪魔すれば、まるでお姉ちゃんが私にしてくれたように、髪を漉いてくれたり、一緒に遊んだりしてくれる。

16日目に折り紙なんかを教えてくれた時に至っては、現実のお姉ちゃんに生前私が教えたお姫様の折り紙がそのまま出てきた。親族の集まりで従兄の人もいたから、きっとそこで見聞きしたネタをゲームの中に盛り込んだのではないかと思うのだが。

しかし、メモによるならばこんな風に毎日お部屋に押し掛けるなんてことはマリーヤルートのフラグを開放する前にしていれば即刻衛兵を呼ばれてしまうはずだ。


 ゲームの外の変化といえば、ネットで探したところ「バルフェリアン・メモリアルの検証班」を名乗る一団を発見した。

私も接触し、彼らの会話グループに混ぜてもらった。そして、私の側の初日イベントで起きたことを話したところ、「過去に此処のメンバー35人は全員で合わせて400周ほどこのゲームをプレイしてきたが、そのような現象を確認した人間はいない」とのことだった。

私の嘘を疑うメンバーもいたので、2日目以降は画面共有機能をつけながらプレイした。

検証班のメンバーから、「イベントナンバー430のフラグはまだのはずだ!」「ドリルを菜園にぶち込んでイベント短縮とか、した?」など様々な所見をいただけたが、全体的に何を言っているのか、よくわからなかった。

私はまだ高校生、しかも文系の身。専門的なプログラムの知識はないのだ。

ただ、根本的に通常のこのゲームと状況が違っているということは間違いなさそうだった。

検証班の人が私と同じ操作で2日目を操作していたら、あっけなく衛兵に逮捕されていた。

そもそもセラティナも、マリーヤのことを終始「おっかない人」「近寄りがたい」「殺意を感じた」と青ざめた顔で語る。そこに、「マリーお姉ちゃんに心酔する甘えん坊な妹分」なんてものはなかった。

それだけじゃない。検証班のデータにはルート解放後の個室訪問イベントでも私が見たものは一つもなかった。

せいぜい邪険にしないで挨拶だけで終わるとか、ルート終盤でも、折り紙やプリンの話なんか出てこない。どうしてこうなったかは、継続して検証が必要そうだ。今後も続きをプレイするときは画面共有は必須だろう。


ただ、「プリンでセラティナを餌付けするマリーヤ」というミームはなぜか解析班の人たちのツボにはまり、グループ内のファンアート置き場に「マリーヤ=プリンのおねえさん」といったようなイラストが増えた。

この話はSNSに漏れ出し、早くも浸食し始めている。

これを拡散したり、イラストをアップする流れの中には従兄の同僚で、何度かうちにも来たことがある人のアカウントまであった。

「当初は信じられなかったんですけど、私の中のマリーヤもルート解放後ならこんなこと、するんじゃないかなって思いました!」とコメントしている。


そう、「ルート解放後ならありえる」のだ。しかし現実はルート解放前なのだ。

「続きは夕食後から共有します。19時半前後を想定しています。」

グループに連絡を入れ、私は昼寝をすることにした。

丁度間もなく夕方になるかならないかのこのひと時は、特に眠気がすごいのだ。

「お姉ちゃんの夢が、見られますように。」

差し込む西日に願いをかけて、私はそっと目を閉じた。

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