第9話 順調な滑り出しと心配事

 王太子決定式典から数週間。本来王太子ルートで発生するはずの「マリーヤ=悪役」のイベントはそもそも発生しなかった。


 無論、本来のゲームならこの短期間にも悪役マリーヤのイベントは早くも複数回発生する。王太子妃の地位を守るためとはいえ随分なものである。「セラティナの無知を公然として指摘し蔑む」「取り巻き達によるビンタ攻勢」「王太子へのいわれなきセラティナの悪評の提供」等。少なくともここまでのイベントは確定発生。それ以外にもランダム発生分を織り込めば、21日間に14回発生することもありうるのだ。

それが今回は平和そのもの。セラティナは元気に宮廷女官見習いとして仕事を覚え始めている。セラティナ自身が本来はさほどに恨みを買うようなことの少ない性格であり、好きな人はいないかと聞けば「マリーお姉ちゃん以外にいませんよ」というような状況である。そのため他の貴族の令嬢が「第二のマリーヤ」になるようなこともない。少なくとも彼女を襲う脅威は現在城に点在するバグ以外に存在しない。


 ただ、肝心の王太子の様子がおかしい。別にゲーム時期の開始前から顔を突き合わせている私の目線から見れば普段通りではある。しかしそれが変だ。

彼の趣味はゲーム通り。ゲームと違うのは、私との間に愛とも違う、奇妙な友情のようなものが芽生えていることだ。

お互い本心のない婚約だとわかりきっているから、絶妙に心地の良い距離感になっている。このため彼は私に気負うことなく、趣味の百合摂取に明け暮れている。

私も私で、お兄様とのからくり開発にいそしんでいる。

私個人の生存で言えばこの状況で問題ないが、セラティナに出会った後の王子はもう少し彼女に対し色目を使う。「口うるさいマリーヤよりも、寄り添ってくれるセラティナがいい」という態度になるはずだ。

ところが現実はそうなっていない。現在はお互い、「顔と名前こそ一致するが別に心が動くものはない」という様子だ。


 このまま二年間が過ぎれば、ゲーム的には一人前の宮廷女官と認められたセラティナが、「これからも宮廷女官として頑張るぞ!」と決意を新たにする所で話が終わる。このルートならではのスチルも回想もなく、単純に何もなかったという終わり。

ゲーム開発がヒトモノカネの不足で中途半端にならなければ本来ならこっち方面にヨアンナとの友情(百合)エンドが話として待っていたのかもしれないが、残念ながらそうはならなかった。


ひとまず、現状は小康状態といったところか。

セラティナに妨害が来ない。王子もお兄様も相変わらずで、少なくともマリーヤに「使おうと思えばいくらでも悪事に使えるような要素」が半ば必要に迫られる形で集まっていることを除けば「ゲームの強制力」はさほど強力に働いていないとみるべきだろうか。

だったら、今後発生が想定されるイベント等も全力で改ざんしまくって問題ないはずだ。


 さしあたり、現在最大のリスク案件は、「セラティナがマリーヤルート強硬突入を図り私に魔女状態で襲い掛かってくる」ことくらい。

これの対策は考えないといけない。確かに「マリーヤルートのこじ開けバグ」は死人こそ出ないが、だからといって「死ななきゃ安い」と身体の苦痛を進んで受け入れられるほど、今生の肉体は頑丈にはできていない。

転生に当たり身体能力を極限強化されているとか、魔法を生まれながらに極めているとか、あるいは神がかり的な異能があるとかなら、どんなに良かったか。

少なくとも今の肉体では、セラティナが魔女化した場合はせいぜい隙を見て頭突きとかを入れて逃げるくらいしか対応ができない。


肉体の強さなら作中では武官であるヨアンナが優れてこそいるが、それでも彼女に「魔女になったセラティナにいたぶられる、助けてくれ」なんて言えない。

王太子決定式典にいた彼女の様子や振舞からは知性を感じなかった。

言葉のアヤが最大にこじれれば、私は自らセラティナを魔女容疑で吊るし上げる愚をさらすことになりかねない。

さすればそのままセラティナが死ぬか、あるいは「訴えたお前こそ」という魔女裁判定番の道連れ戦術で心中することになりかねない。

「そこにある」とわかっていて地雷を踏むわけにはいかない。いくらここがゲームの世界だとしても、システムの都合でうまいことこの失敗が取り戻されるとは考えない方がいい。


 ではどうすべきか。そのほかのバグやシナリオの問題と異なり、セラティナ暴走リスクは、何もしないでは解決できない。

現状セラティナがどこまでゲームシステムを把握しているのか、バグの知識がどこまであるのか、探りを入れたいところだ。

しかし、そのうえで彼女に知識を極力与えない方向で話を進めなければならない。


 私は、「私一人でも生き残れればいい」わけではない。私の大切な人たち、家族やここで知り合った大切な人たちの身にも、危険は及んでほしくない。

「絶対、皆で生きて帰ろう。こんなクソゲーから、何が何でも。」

私は胸に手を当て、弱気になる自分にそう言い聞かせた。

大丈夫。開幕に猶予期間ができるだけ、まだクソゲーとしては穏当だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る