第8話 これから始まる物語

いよいよ、この日が来た。

「バルフェリアン・メモリアル」の始まりの日。

ゲームの想定通りに事が進むなら、この日セラティナが初めて王宮を訪れ、カイ王子はじめとする攻略対象達に出会うことになっている。

城で参列者の待機場所がわからず困っている彼女に、カイ王子の道案内。

待機場所で待つ幼馴染のヨアンナ。式が始まると婚約者に伴われマリーヤが現れる。

そしてマリーヤの殺意すら感じる睨みつけをうけて恐怖した後、アーロンお兄様の謝罪を受ける。


と、このように話が進む、はずなのだ。しかし、そうはならないのがこのゲームのままならないところだ。

セラティナが王宮から待機場所に向かうには、踏んではいけない場所や使ってはいけないルートがある。

命に支障が出ない範囲であれこれと試したが、記憶通りにバグが作動する。

ある時は唐突に同じ会社で開発時期を同一にする格ゲーのリングに放り込まれ、またある時は姿が強制的に没になったバトル要素に登場するモンスターのそれに描き換わる。前者は敵が動かないので張り倒し、後者は鏡を見れば姿が戻る。

ただ、これはまだまだ軽微で何とかなる程度のものでしかない。人命に危害が及ぶリスクの高いバグを試すわけにはいかない。

城の人間は無意識のうちにその場所を避けるようになっているらしいが、セラティナがそうである可能性は低い。


「私、本日が初めての王宮参りになる方々の誘導に向かいますわ。」

「そうか、よろしくね。」


何か間違いがあってはいけない。私が迎えに行かなければ。

そう思い正面入り口に向かうと、ちょうどセラティナが来ていた。

「マリーヤお姉さま!?どうしてここに?」

「さあ、参列者の待機場所まで案内してあげるわ。おいで。」


刹那、判断ミスに気が付いた。

セラティナがバグに巻き込まれるリスクを鑑みたら、歩く足は極力少ない方がいい。

「ちょっと危険だから、おとなしくしていてね?それ。」

私はセラティナを抱っこする。普通に抱き上げるのでは格好が悪いから、お姫様抱っこだ。

「お姉さまの温もり……お姉さまの匂い……。」

すっかり安心した様子で頬を摺り寄せるセラティナ。前世の義妹みたいでかわいい。

待機場所に向かうまでのわずかな間ながら、私も懐かしさに浸り幸せな気分になった。

「セラ、15にもなってお姫様抱っこなんかされちゃって随分と幸せそうじゃんかよ、このこの」

待機場所でセラティナを茶化す武官の少女。彼女がヨアンナで間違いないだろう。

「えへへ、マリーヤ様はちっちゃなころからずっと、私の事を気にかけてくださるお姉ちゃんみたいな人なんですよ!」

流石は主人公、惚気る顔がいちいちかわいい。

本来ならこの笑顔で、攻略対象をおとしまくるはずなのだ。

しかし、ゲームの通りなら間違いなく王子か、バグで私のルートになるはずだ。

私の方のルートがバグなしで開いてくれればいいが、此処までゲーム通りだと世界の都合が許さない可能性が高い。

今から憂鬱だ。なぜなら、マリーヤルートのアンロック条件は「自室のベッドから飛ばされるバグ空間で特定のコマンドを入力し、魔女セラティナ形態になった状態でマリーヤを5回魔法でいたぶる」ことなのだ。

魔法の蔦で公然と逆さづりにするとか、そういう目も当てられないようなことをコマンド5回分され続けることになるわけだ。

そんなことになりませんように。

叶いそうにない祈りを、私は天にかけた。




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