第7話 バルフェリアではないどこかの話

 私には、とても優しい姉がいた。

 知人の伝手で孤児になった私を引き取ってくれた家にいた娘さんが、私のお姉ちゃんになった。

 私のような立場の人間に家族としての絆を感じることなく、つらく当たる家族の話は枚挙にいとまがないが、幸い私の家族にそういうことはなかった。

 私は実の家族として、胸を張って在智家の人間だということが出来た。

 中でもお姉ちゃんはとても愛を注いでくれた。

 いじめがあれば庇ってくれた。病気になれば看病もしてくれた。

 おなかがすいたときに一緒に作ったプリンの味が、今でも恋しい。


 そんなお姉ちゃんは、理不尽に巻き込まれ死んだ。

 飲酒運転をしたトラックが、ブレーキとアクセルを全力で踏み間違えた結果、事もあろうにアパートに突撃したというのだ。


 そのお姉ちゃんの遺品が、今私の目の前にある。

 とても大好きだった彼女の唯一理解できない趣味が、クソゲーだった。

 私なら発狂して投げ出すようなゲームでさえも、「それがまたいいのよ」と楽しんでしまう。

 この遺品もゲームだ。それも、とびっきりのクソゲーだ。


 単にバグがひどいとか、話がガタガタで遊べたもんじゃないとかそういう問題を通り越した最悪のゲームだ。

 単純なゲームとしての出来で言えば、世間的にはこのゲームよりクソといえるような作品はたくさんある。それでも、私にとってはこのゲームこそが最悪だった。

私からすれば、このゲームは私の大切な人を二人も奪っている憎いゲームだ。

プログラムを書いたのは従兄。それもたった一人だ。

そして発売日に、自己の仕事のふがいなさと、過労に心を失い、線路に落ちた。

この件について、家族はずいぶんと開発会社と揉めた。

開発会社は「成果が不十分なのに金を求めるのは社会人失格だ」「会社に損害をおよぼしているのだから、賠償はむしろ遺族が会社にすべきだ」と叫び、世論はこれを支持。連日の正義感あふれる人々による猛攻撃に耐えかねた私達。

 最終的に紆余曲折を経てソフト現物一本が遺族への賠償で話がまとまってしまった。


「このゲームは呪われている」という話になれば、まさしくそうなのだろうとしか思えない。

 従兄の死の賠償としてやってきたこのゲームを、「弔い合戦だよ」と口走りプレイするお姉ちゃん。

 家族としてはこのゲームは見たくもなかったので、姉が大学通いのために東京に借りたアパートにもっていってくれるのは大いに助かった。

 のだが。

 彼女は帰らぬ人となった。またしてもこのゲームが私の大切な人を死なせた。


私はもう、何が何だかわからなかった。肉親が死んだ時以上に、死にたい気持ちばかりに襲われた。それでも、死ぬ前に一つだけ、やりたいことがあった。


私は、血塗られたこのソフトをPCに飲み込ませた。

「バルフェリアン・メモリアル」の画面がついた。宮廷を模したというにはあまりにもガビガビなものだ。起動にも時間がかかったし。普段の私ならとっくに諦めて中古店に売り飛ばしているところだ。

それでも、このゲームの攻略を諦めたくない。

このゲームの攻略にお姉ちゃんはずいぶん必死になっていた。

死ぬ前に姉という人間を理解したい。

このゲームに必死になった彼女が、何を考えていたのか。

その景色を、みたい。



手元に用意した、お姉ちゃんの遺したゲームに関するメモ。

バグのこと、キャラのこと、正規の攻略法も、そうじゃない裏道も、たぶん世界で一番細かく、詳しくまとめたこのシートはもはや長すぎて下手な小説より長い。

これがあれば、最悪PCのクラッシュは防げるはず。

「お姉ちゃん、私を守って……。」

祈る思いで、「New Game」を選択する。


時代背景の説明の後、主人公の少女が画面に映る。

しかし、様子がおかしい。

「今日はマリーお姉ちゃんの大切な日。お姉ちゃんの婚約者の王子様が、正式に王太子と認められ、王位継承のための準備に入る日……。」


マリーお姉ちゃん。マリーヤルートの終盤でもなければ彼女のことをセラティナがそう呼ぶはずはない。ましてや、序盤。王宮に入ってすらいないのに。

遺してくれたメモに、情報がないことをしゃべりだした。

これもまた、バグだというのだろうか。


それに、メモに書かれたマリーヤはここまでセラティナによく思われるような人物で

はないはずなのだ。


お姉ちゃんがセラティナを守り続けてくれたとかでもなければ、こんなことにはならないはずなのだ。

もしかして、そんなことがあり得るのだろうか。

確かめなければ。そんな思いで。

私は真っ先にメモの内容にあるマリーヤの居所に向けて、主人公を走らせた。

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