第5話 プリプリ気分に効くプリン

婚約発表兼誕生日会の翌日。

大人の貴族はもちろん、同年代の令息、令嬢の皆様も「正式な式典に臨む貴族の一員」モードで気が休まらずにいた私はすっかり疲れていた。

「ぐわぁあああ……マリー生きてるー……お兄ちゃんはもー無理かもわからん…」

「お兄様……私も限界でしてよー……」

団欒用の部屋のソファーの腰掛に顔を突っ伏し貴族の長子にあるまじき疲弊ぶりのお兄様と、完全に燃え尽きている私。


来客やほかに用事がある日にこのような態度でいれば、前世の平民家庭でも大目玉。

それでもこれで許されているのは……

「突っ込み来なくてよかったわ……」

「公爵家は絶対マナーもしきたりもミスれないもんな……、親父はよくこれ平気だったよな……。」

両親もまた、同じ部屋の別のソファーに崩れているからである。


しかし鬱屈とした気分だ。疲れているとどうしてもこうなる。

完全回復とまではいかずとも、せめて自室のベッドに行くまでの気力を回復したい。

「皆様、使用人一同からカップケーキと紅茶をご用意させていただきました。」

「ありがとう。ふう、生き返る。」

ありがたい話だった。

バニラのほんのり効いたカップケーキを紅茶で流し込んで、何とか姿勢を直す程度に回復した私たちは、そのまま各々の部屋に戻っていった。


なんとか脳の回転を取り戻した私は、状況と対策を整理する。

カロリーヌを暗躍させるわけがない。

王子との婚約はとりあえず維持。婚約が崩れないなら最悪しょうがない。

セラティナはゲーム開始後はとにかく徹底的にお姉ちゃんする。

お兄様と私の中は至って良好だ。

後の不安事項はなんだろうか。

他の攻略対象になるはずだった人物はあと一人、「セラティナの幼馴染の騎士見習い」がいるが、正直彼女の対応は実際のゲームが始まってからでいいと思う。


ヨアンナ=オリアヌス。

彼女の情報は、確かこうなっている。

「ヨアンナ=オリアヌス (非)攻略対象 セラティナの幼馴染の少女で、騎士の家系の出身。実直で真っすぐな性格であり、セラティナの理解者になってくれる。(恋人にもなってくれる。また、マリーヤの差し向けた刺客や兵士を一人で相手する剣豪。)」

という話であり、あれこれと命に係わる嫌がらせを受けまくる王太子ルートでは真っ先に彼女を味方につけることが重要なのだ。

ついでに彼女自身を攻略することも出来る……はずだった。

実際のゲームは短納期とソフト現物一本という破格の報酬の都合でシナリオライター

がつかず、ルートは未実装のまま終わったわけだが。


とりあえず、ゲーム開始までの間にできることといえば、今ある関係を維持することだろうか。


そんなことを考えていたところで、工作材料買い出しの用事を思い出した。

まあ、お兄様の様子からして今日明日すぐに必要なものでもなさそうだが、こういうものは動かなければと思ったときに動かなければ、どうにもならないものだ。

とばかりに街に繰り出し、すっかり顔なじみの材木屋や紙漉き職人の工房に出向き品を受け取って帰ると、庭先に小さなお客様が来ていた。

「マリーお姉ちゃん!マリーお姉ちゃんが王子様に取られちゃうの、やだー!」

「マリーヤ様、申し訳ありません…うちの子がどうしてもここに来たいと言ってきかなくて……」

まあ、仕方ない。まだ4歳だもんな。

そういえば自分で甘いものが欲しい時に加え、前世で義妹がぐずったときにも「アレ」を作っていた。

子供にはいくらなんでも多い気もするが、大の大人2人がいるならまあ問題はあるまい。

「とりあえず庭園の席にどうぞ。ただいま略式ながらお茶とお菓子の用意をしてきますね。」

とりあえず作るものは、プリンだ。

正式な式典ならきちんとフルーツやクリームを飾り立てたお高く留まったものを出すべきなのだが、こういう時はインパクト勝負がいい。


ボウルに卵と思い切った量の砂糖。これに牛乳を混ぜて熱して固める。

後は粗熱の取れたボウルをそのまま大皿にのせて庭園へ。

「このような急造のもので申し訳ありませんが……どうぞ召し上がれ。」

ボウルを外した大皿の上に現れたのはブルンと大きく身を震わせるキングサイズのプリンだ。

「おっきい!」

目を輝かせるセラティナ。そう、この雑プリンは甘味好きの夢の一つ「でっかい甘味」である。

お菓子の家、天高く盛られたパフェ、でっかく真っ二つにしたスイカやメロンをスプーンですくうような、そんな経験。

「マリーお姉ちゃん!すっごいね!美味しい!」

「娘をここまで大切にしてくださるなんて、言葉もありません!本当にありがとうございます!」


昼下がりの庭園に王様のようにふんぞり返るプリンを前にお姫様気分のセラティナを、私はかつての義妹を見るような目で眺めていた。

11年後の私は何があったら、彼女をあんなにも憎悪し、殺そうとするまでになるのだろう。

幸せな風景に心和ませながらも、私の未来の姿というものに幾ばくかの不安を覚えていた。

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