第4話 ありがたくない婚約

この日の館は忙しかった。

数日後に迎えるカイ王子と私の婚約及び私の7歳の誕生日のパーティに備えた準備で使用人も私も東奔西走という状況だった。

カイ=フラウ=バルフェリア1世。

私の婚約者であり、一国の王太子なのだが……

なかなか難儀な人なのだ。これが。

例によって彼の説明文を私の編集込みで説明するとこうなる。

「カイ王子 (バグなしでプレイするなら唯一の)攻略対象 柔和な笑顔と身分に隔てなく接する王太子。慈愛に満ちた振る舞いは多くの女性の心をとらえて離さない。(しかし実際は王子自身に性欲や恋愛の欲はなく、百合好きである。自身の立場上婚姻や世継ぎ残しの指名から逃れられないため、出来れば一緒にいて苦にならない相手を求めている。)」


難儀さはまず、この性格からくる「本心の愛」がないことがある。

セラティナがゲームの主人公として彼を攻略し、婚約者の座を射止めたとしても、カイ王子はセラティナを根のところでは愛しきらない。

セラティナと文字通りの相思相愛になる可能性があるのは、この私、マリーヤのルートだけなのだ。

しかし、難儀なのは主人公や私だけではない。この「本心の愛」の欠如は魔女の嫌疑をかけられ処刑される主人公の破滅に対する行動の遅れを招き、結果として彼自身が最後には呪殺される未来もある。このシーンがまた怖いのだ。


「ねえ王子様、此処でならもう、誰も私達を邪魔しませんわ。さあ、貴方が誰のものなのか、その死せる哀れな魂にたっぷりと刻み付けて差し上げますわ……!」

と王家の霊廟で王子の亡霊をいたぶる魔女セラティナのシーンは、演出の雑さと、変に気を利かせてこのあとプレイヤーに狂気に満ちた顔を見せて破滅回避のやり方を伝える彼女の様子と、そのシーンだけ画像が乱れ、曲にノイズがかかる発生率の高いバグもあって初見時には卒倒ものの恐怖だった。

あのまま画面から出てきて私に襲い掛かってくるんじゃないかと震え上がったことを、転生後の今でも強烈に思い出せる。


こんな難儀な話に巻き込まれないためにも、婚約は無ければない方がありがたいのだが、断りにくいのもまた事実。

この婚約そのものに起因する致命的な破滅がゲーム中の私にあるわけではない。それでも婚約を破棄できないのは、アルチーナ家のためだ。

常識的に考えて向こうは王太子なのだ。相当な落ち度があちらになければ、こちらから婚約破棄などして王家の面子を潰せばアルチーナ公爵家に没落が迫るだろう。

そもそも両親も兄もゲームと違って愛をもって接してくれている現状、この家の没落で家族全員に不幸が及ぶ選択は簡単にはとれない。

私自身が生き延びたいのは事実だが、私が二十歳を過ぎて迎えたい景色の中には、間違いなくアルチーナ家の皆も含まれていなければならない。


「今はひとまず婚約承諾で話を進めて置いて、婚約解消をお望みなら限りなく円満に近い形で向こうから切り出してもらう。これしか僕には思いつきません。」

カロリーヌの言う通りだ。ひとまずパーティを無事に切り抜けてしまうのが先決だ。


そしてパーティ当日。

宴席の前に、まずは王子様によるプロポーズから始まった。

王族の面子、そして王家存続にかかわる案件故に万が一にも土壇場のキャンセルが無いように、王家の使用人の皆様で私たちをがっつり監視する体制だ。

流石王家、やることがえげつない。

「この度は私、カイ=フラウ=バルフェリアとの婚約の話を承認いただけること、感謝申し上げます。」

流石王子様、完璧なふるまいだ。素晴らしい礼の仕草だ。

「本心が伴っていない」というただ一点を除けば。

「こちらこそ、私マリーヤ=アルチーナとの婚約の話をいただけて、幸福にございます。」

まあ、「本心が伴っていない」という点ではお互い様なのだが。


しかし、この期に及んで「実は当人間に恋愛の情が全くないので婚約はなかったことにする」と言い出せる立場でないのもまた、お互い様なのだ。

そんな諦めにも似たため息交じりの笑顔を向ける私と王子様に、両家の関係者は惜しみない賛辞を贈った。

「早くも愛が芽生え始めたぞ!」

「仲睦まじいご様子で……」

人の気持ちも知らないで随分な黄色い声だ。

「そういうことに、しておこうか……」

「ええ……」

私達は耳打ちでそっと、口裏を合わせる相談をした。

「本音を言って面倒ごとに巻き込まれるのは御免だ」というところでだけは、私も王子様も似た者同士なのかもしれない。


そんな私たちの様子を見て、本当のことを察したのは……

元から私の本心を知っているカロリーヌと、「本当にうれしく思っているときの私の笑顔」を知っているアーロンお兄様だけのようだった。

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