第2話 兄の鉄仮面はまだ未形成

 さて、今世の私が『バルフェリアン・メモリアル』のマリーヤ=アルチーナであるということは、すなわち両親と兄、アーロンがいるわけで。

少なくとも本編の情報をまとめる限り、マリーヤの悪辣さを形成する一因は彼にある。

ゲームの中の彼は優秀であり、何をやっても問題なくこなす。ソツやスキの類がない。

このような兄に期待をかける両親は持ちうるリソースや愛情のすべてを彼に注ぎ、王太子との婚約という特大の重要案件を持つマリーヤを冷遇する。

マリーヤは精神的に愛に乏しい状況に育ったがために、王太子との婚姻のみが唯一の愛の供給源になるはずだったのだが……。というシナリオだ。


公式の説明書の文章を土台に私がゲームの中の描写を洗い出してまとめると、こうなる。

()の部分が私による編集部分だ。

「鋼鉄の公子 アーロン・アルチーナ (非)攻略対象 マリーヤの2つ上の兄。優秀で常に冷静(な態度をとっているが、実のところ女性に臆病)。秀才肌であり、公爵家長子の責務を全うするための努力を決して欠かさない人物(ではあるが、家の没落を招く妹の暴走から意図的に目を逸らしている)。」


説明文に嘘があるのはまあいい。しかし攻略対象をうたう人物にルートが存在しないのは流石にどうかしている。


まあ、ゲームの方はまだいいだろう。始まるまでまだ12年の年月がある。

それより今のアーロン兄さまである。

「ねえねえマリー!考え事もいいけどお兄ちゃんにかまってくれよ!」

朗らかな笑顔で妹に甘える、ややシスコンの気があるお兄ちゃんである。

これが12年後に妹嫌いの鉄仮面になるのは相当なことが無ければならない。


「あらお兄様、何をして遊びますの?」

「面白いもんが出来たから見てほしいんだ!」

そういってお兄様が自身の部屋からもってきたものは……


「どうだ!アリでも飛べちゃう号だぞ!」

当家の領地で生産されるゴム樹液と硫黄の合成で得られる革状ゴムをねじり動力に使って現代で言うところの「飛行機のおもちゃ」を作ってしまったのだ。

本当に凄いものだった。名前ひっどいけど。

ご丁寧にプロペラまでついている。マジか。

わざわざ軽くするために羽根には竹紙を使っている。

「ここまで軽く仕上げるの苦労したんだ!」

でしょうよ。

さっそく庭に出てこの時代を1世紀半は先取りしているような発明品を飛ばす。

「せーの、いけー!」

兄の手を離れた機体は、いい具合にふわりと宙に浮きあがる!

「すっごい!鳥みたい!」

ああ、お兄様。貴方は秀才ではなく天才だったのね。

「マリーをびっくりさせたくて、いっぱいいろいろ試したんだ!」

そんなことの為に未来を見てきたかのような発明をするお兄様。

なんというか、彼に時代を超えつつ簡単に作れそうな発明品をこちらも用意して鼻を明かさなければすまなくなってしまった。


 とはいえ、近世の技術で、それも6歳でも工作感覚で作れるようなもので……。

「自動ドアでも作ってみます?僕達が元居た世界の古代神殿には熱した空気と水の力でからくりの紐を巻き取りドアを開ける仕掛けがあるそうですよ。」


カロリーヌが提案する古代神殿の自動ドアは冗談のようだが本当の話だ。

確かにそれならお兄様の目を驚かせるに十分だけど……

「子供に組めるわけないじゃない!」

火を使うような代物は実演時に火事になったら危ない。それに子供の手でこれが組めたらそれこそとんでもない話だし……。


そうだ、こんなものを作ってみようか。

私はさっそくイメージを絵に描き起こす。

ころころと転がる縦回転の車輪。

車輪を受け止める軸に小さな傾斜のついた歯車をつける。

車体の底に付いた横回転の大きな傘型歯車に動きを伝えて……。

車体の上につけた騎兵の人形が回転する。

名付けて、「移動式メリーゴーランド」。

そして苦節10日をへて、ついに完成したそれをお兄様に見せる。

「凄いじゃん!マリーもやるなあ!」

小気味いい音ともに車輪の動力が人形に伝わる。

くるくる回る人形。大成功だ。

「これマリーが考えたんでしょ?めちゃくちゃかっこいいじゃん!

僕ら兄妹で組めばきっとなんだって作れるよ!なんだかおもしろくなってきた!」

昼下がりの暖かな光差し込む部屋には、からくり仕掛けのメリーゴーランドの駆動音と私達の笑い声が響いていた。

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