33話 人物

「ミストシー小隊、ただいま帰還いたします」


 バークレイ・リチャード少将は拠点の入り口に立って、数時間一歩も動かず、帰らぬはずの兵士を待っていた。部下がどれ程言い聞かせても石ころのようにじっとしていた。視線の先は戦場その一点、無線が声をあげる度に、それに負けないほど鳴った。


 慌てた交換手が通信機の長いケーブルを引きずってわざわざ肉声を聞かせてくれた時、リチャードは胸についた勲章を引きちぎり、交換手に与えたほど喜んだ。すぐさま車をやって迎えさせ、奇声を発し近くの兵士たちと抱き合った。


「おーい。ミストシー小隊が帰るってば。応答ー」


 誰もが歓喜していたために、放り投げられた無線機はしばらくして切れた。

 ほどなくしてミストシーたちは凱旋する。アビゲイルとミスリス、ウィンケルクたちも同行していた。


「ミストシー小隊帰還いたしました」


 横列し、敬礼。どんな芸術家にも描けない、戦争の過激さと戦士たちの壮烈さが、そこにいた全員の胸を打ち、リチャードは特に感銘を受けた。しかし涙を許さず、


「挨拶なんて後だ。医務室を開けてあるから急ぎなさい」


 とそれだけ言って自室へと戻った。部屋に戻って簡易の鍵をかけると、むせび泣いた。

世界中央兵約三千が生き残った。ギフターは怪我人だけですんだ。額を割られ右胸を貫かれたパーチャーもジョンソンの肩を借りてではあるが歩けている。


「助かったよ。来てくれて助かった。アビゲイル中尉」


 ミストシーは治療を終えると真っ先に礼をした。あちこちに巻いた包帯が痛々しい。


「遅れてすまなかった」

「謝るなよ。むしろ誇ってくれ。死地に飛び込む蛮勇さと、それに従った命知らずの部下を」


 張り付いていた残忍な笑顔ではない。頬に貼ったガーゼを歪めての会心の笑みだ。


「それと、おい! ホリー、クリス!」


 呼ばれた二人は怪我もなく、治療の手伝いをしている。ウィンケルクは非常に手際が良いがミスリスは不出来であり、もっぱらお喋りに興じていた。


「なに?」


 のこのこと寄ってきたミスリスの頭をミストシーは強引に撫でた。


「やっぱり来たな。嬉しいぜ」

「ベルに行けって言われたからね。それだけだよ」


 撫でられたまま振り払いもしない。憎まれ口も愛嬌だ。


「ご用は? 忙しいのだけれども」

「クリスぅ! 本当ありがとな。今度飯行こうぜ」

「あの安っぽい酒場じゃないでしょうね」

「そこだよ。ベルにも連絡しないと……ああ、少将のところにも行かないといけないんだ。それじゃあ後でな。帰る時はリンに伝えてくれればいいから」


 傷だらけのまま医務室を出ていくミストシー。室内ながら、背中を爽やかな風が叩いたように羽織る軍服がはためいた。


「髪が乱れちゃったよ」

「客層が悪いのよね、あそこ」

「……人物だな」


 怪我人に活気のあるギフター専用の医務室、呟いたアビゲイルに不思議そうな顔をする二人。


「あそこは……ひどかったはずだ。やつ自身も奮戦し、みんな怪我をした。それなのに」


 軍人であれば誰でもそうではあるが、今回は被害も甚だしい。ミストシーはそういった中でもおよそアビゲイルが知るままの彼女だった。その精神の有り様はとても平凡な者ではなかった。


「それはそうだよ。オルカ中隊の部隊長なんだから」

「私を差し置いてまで長をしているくらいですから」

「お前たちはシャロット小隊だったな。どうみているんだ? この連中を」

「見ての通りだよ。しぶとい」

「気品はありませんけど、気骨は多少あると思います」


 そこにガオロウがやってきた。しかめっ面なのは怪我のせいだけではない。


「しぶとく気骨のある小隊の副隊長です。応援感謝します、アビゲイル中尉」

「あー、私たちには感謝しないんだ」

「気品どころか礼儀までないのね」

「……こちらこそ。遅くなってしまったな」


 文句を黙殺しての握手、ガオロウはふっと息をついた。


「何かあればいつでも頼って下さい」

「そうしよう。ガオロウ少尉」

「ねえリン、この遥々駆けつけた私たちにも、一言あってもいいのではなくて?」

「そうですね。あなたが中尉だから頭を下げましょう。どうも」


 浅く礼をして、ミスリスに書き損じた書類にくるまれた携帯食料を一つ渡す。麦と乾燥させた果実を大豆のペーストでこねたものだ。ガオロウの自作である。


「これが私の命の値段だ。ありがとう」


 十センチ程度の長方形をした茶色いブロック、ミスリスは歯の先でかじった。


「安くて粗悪でまずい命だね」

「そうだな。でも、そういうものだ」

「薪にすれば燃えそうだけど?」


 ウィンケルクはそう言い残し手伝いに戻っていく。ガオロウは薄く笑った。


「なるほど。確かによく燃えるだろうな」

「火は戦争か?」

「中尉、よくご存知だ。しかし薪は一本ではすぐに消えてしまう。何本か集めてこそよく燃えるのですよ」


 そしてガオロウも辞した。礼をするためにベッドから抜け出していたのだ。


「変なやつばっかりなのが第三の特徴だ」


 明るいその声はわざとらしいほど大きく、返事がそこかしこから飛んでくる。罵声に包まれミスリスは楽しげに歩き回っていた。


「あ、中尉。通信室へお越しください。オルカ中佐から連絡が」


 ウィースコスが顔を出し、喧騒に呆れた。


「元気ですねぇ」


 空軍に被害はなかった。それは嬉しいし、被害の大きさを考えれば暗たんとしていてもおかしくはない。だがこの賑やかな病室を見ていると、塞ぎこむのが馬鹿らしくもあった。


「いいことじゃないか。さ、私も行かなければ。謝ってすめばいいけど」

「誰にも意見なんかさせませんよ」


 ウィースコスはいつもよりも語気を強めた。戦闘後の興奮もあっただろうが、空軍の支援行動に自信を持っていたからだ。


「上の連中がするだろう」

「その時は……軍は鳥籠を開けたということで。一緒に逃げましょうよ」

「馬鹿。巻き添えじゃないか。そもそも籠なんてない。我々は鷹だ。鷹を閉じ込めてなどおけるものか」


 銀の柳、威風堂々と歩く。軍規などお構い無しの彼女が軍にいるのには理由があった。


「じゃあ民営に行くんですか?」

「いかない。軍は性にあってる」


 違反はするが、規則正しい生活とかわいい部下を捨てる気にはならないアビゲイルだった。


「給料は安いが、そのくらいしか欠点がないし」

「この件で減給かも」

「……オルカ中佐に迷惑をかけたな」

「まあいいじゃないですか。善行には善果ですよ」

「ぶれないなぁお前は」


 ウィースコスのお気楽さに微笑み、オルカの小言を想像してまた肩を落とす。


「ほら中尉、背筋を伸ばして!」


 背を叩かれて、しゃんとするが、痛みよりこの副官についての心配が募る。


「他の人にはやるなよ、これ」

「しませんって。ちゃんとあなたにだけしてますよ」

「……ならいいけど」


 他の隊のことをとやかく言えないな。とアビゲイルは背中をさすりながら通信室へ向かった。

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