30話 言えないこと
ツールには思うところがあるらしい。
「聞こえただろ、シィ。こいつは、いや、部下たちはみんなこうなんだ。なにかにつけて弱い弱いと悪口の嵐。私は問題児ばかりを押し付けられたんだ」
「あ、あはは」
笑うしかないシィ、ため息をついたのはロージェスト。
「じゃあホリーと交換しようか」
「うっ」
喉の奥から変な音を出すツール。どうやらそれは嫌だったらしい。
「それともリトイザ?」
「げぅ、あの戦場帰りは……」
これは戦場から帰ってきたのではなく、戦場から勝手に抜け出し帰るという異常行動からの渾名だ。
「ね? ここが一番まともなんだからワガママはよくないよ」
よくわからないといった表情でそれもそうかと納得するツール。ロージェストとシィは顔を見合わせ小さく笑った。
「うちはまとも、か……?」
「ちろろん。ユンナもフィルも今は訓練してるし、こんなに真面目な部隊、他にないって」
指示しておきながらいけしゃあしゃあと言ってのける。
「そうか! やっぱりそうだよな! ベルもナディアも私には及ばんのだ!」
「簡単でいいでしょう? 私のおもちゃ」
口の端だけ持ち上げて笑うロージェスト、そう耳打ちされても苦笑するしかなかった。
「戦場では……まあ、少々手柄を譲りもするが、隊員の実力では決して劣りはしない!」
いよいよ元気になるツールはベッドに足をかける。
「よっ。それでこそ」
ロージェストの妙な掛け声に嬉しそうに胸を張った。
「ねえ、さっき言ってた……まどうってなんなの?」
「おお、よくぞ聞いた!」
「戦闘中、極限の危機に陥った時、仲間を救うためにしか発動しないギフト、らしい」
「へえ、凄い」
「先に言うなよ! それに、らしいじゃなくて本当なんだ! 世界中央でも類を見ないギフトがたくさんあるんだぞ!」
「ベルより嘘吐きだ」
「ちっがーう! あいつと一緒にするな!」
ロージェストはまだそれを見たことがない。疑うのも当然だったし、しかもオルカ以下の誰もがそのギフトを確認していない。
「ふふ、ピンチの時にだなんて、面倒なギフトね。絶対お世話になりたくないわ」
シィの軽口が戻ると、二人は少し、さっきまでの怒鳴りあいが嘘のように相貌を崩す。
「そ、そうだろ? これは見てはいけない禁忌のギフトなんだ」
「弱い上に面倒なギフトだ」
「ナターシャ! オルカさんに言いつけるぞ!」
「やーい密告者ー」
「ぐ、ぐ、この馬鹿! もう知らないぞ、助けてやらないからな!」
部屋を飛び出したツール。それを見てもまだロージェストはヘラヘラしていた。
「……クラン、怒っちゃったのに、どうしてそんなににやけていられるの?」
疑問よりは苛立ち。心で紫煙が揺れた。
ロージェストが平然とし過ぎていて障った。
「あんなのいつものことだし」
「でも、本気で悲しんでいたら」
「それでもいいよ。そういうこともある」
絶句したシィに、なおも続ける。
「型通りの関係じゃないんだ。クランはあんな感じだけど、仕事はできるんだよ。面倒なことでもさっと終わらせて、私の分までやるの。 遅いとかなんとか言って。優しいんだ、クランってば」
まるで独り言のようにロージェストはすらすらと、目の前で言ってやれと思わなくもないシィをよそに、その賞賛は止まらない。
「弱いのは事実なんだ。組手もぼろ負けする。模擬戦闘なんか笑っちゃうくらい失敗する。躓いたり、誤射したり。でも実戦では、戦果こそ少ないけど、結構やるよ。引っ張ってくれるリーダーって感じで好きなんだ」
「じゃあ……なおさら言った方がいいじゃない。裏で褒めてもしょうがないわ」
「それはしない」
真剣に、そう言い切った。シィの脳裏に駆け巡る通信室での口論は、まさしくツールとロージェストの関係性にはまっていた。
「……なぜ?」
「簡単だよ」
口の端を持ち上げる、いつもの笑みではない。感情で汚れた本心をさらけ出している。凄味のある眼光は部屋を戦場へと豹変させ、シィは身震いしてとっさに両肩を掻き抱いた。
「クランがそうさせるのさ。私が好きなことに気がついているくせに、ああやってみんなに愛想を振りまくから。だから私は意地悪するし、褒めないの。クランが態度を改めれば私もそうするよ。でも、今の所そうはならなそう。でもね、いつかきっと彼女から振り向く時が来る。それは間違い無いんだ。間違いない。絶対に」
ジリジリと熱視線、吹き出す汗、シィは歯を食いしばる。
「……なんてね」
ロージェストは表情を再構築して、両手の人差し指で口角を上げた。驚いた、と優しく問いかけるがシィは鼓動の回転数を下げるのに必死だった。
「今のは?」
「ちょっとした技だよ。パーチャーに教わったんだ。こうすると相手がビビるんだって」
どうしてそんなことをしたのかは理解できなかったが、ロージェストがお詫びにと淹れてくれたコーヒーに口をつける。いつもの安い味にほっとする。
「ねえ。それってどうやるの?」
落ち着いた途端にそう聞いた。手汗がまだじわりと染み出し、それを隠すためでもあった。
「じっと眼を見るだけでいいんだって。それしか教えてくれなかったし、できる人はできるってさ」
ちなみにツール小隊では私だけしかできないの、とロージェストは密かにそれを誇っていた。
「ムムム……」
早速シィはロージェストを睨みつけるが、どうやら才能はないらしく、
「あっはははは! やだ、笑わせないでって……くふ、はははは!」
と、抱腹絶倒を許した。
「そ、そんなに?」
普段人を睨むなどしない彼女だから、余計に不自然だったのだろう。目を細くし、眉もそれと平行になっているし、への字口はむしろ愛嬌があった。
「ひ、ひ、あはは……」
「それ、笑ってるの?」
ロージェストはどれだけ笑っても、目だけは死んだように暗かった。口元と頬だけはしっかりと笑顔なのが逆に怖い。
二人は散々怖い顔と笑いを練習し、習得こそできないシィだったが、暗い気持ちはどこかに消えてしまった。
「さて、そろそろ追撃に、じゃなくて慰めに行こうかな」
「自分で蒔いた種じゃない」
「ふふふ、あ、さっきの答えを教えてあげるよ。といっても、私にもよくわかってないんだけど」
「え?」
「どうして私がクランを褒めないのかって、その答え」
もうその話はしたくなかったが、せっかくなので黙って聞くことにした。ロージェストは照れているのかいないのか、頭をかく。
「……言わないんじゃなくて、言えないのかもね」
「そ、それが答え?」
「これ以外に思いつかないの。じゃあ、また後で。シィも仲直りするんだよ?」
ロージェストは口元に人差し指と中指を当てた。煙草のジェスチャーだった。それをされると文句も言えないほど、参っていた。好のことを考えるだけでまた心が陰りそうだった。
一人になると急に寂しくなる。しかしどこに行ったって邪魔になりそうなものだ。ファンが集まってきて作業どころではないのだから。
「電話。電話かぁ。でも、うーん、電話……」
悩んでも仕方がない、しかし連絡を取りたくもなかった。自分でも理解しがたい黒い渦潮のような感情がそれをさせなかった。
ベッドに横になり、上衣の、アビゲイルから横流ししてもらった空軍の防寒ジャケットのポケットをまさぐる。小さなチョコレートを無造作に口へ放り込み、
「私は悪くない!」
と手足をばたつかせる。
「好の言い方に問題があるの! あんなこと言わなくてもいいじゃない!」
疲れて大の字になると、急に冷静になった。ふざけあった日々を懐かしみ、枕として使う自前の鞄に顔を埋めて悶えた。
仲直りするんだよ。ロージェストの台詞が飛来して、起き上がり、重い足取りで部屋を出た。
通信室の端、仕事をしてる交換手たちに頭を下げ使わせてもらった。
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