29話 助けは銀色
「わかった。二分で行く」
「どうしたよ、キャット。死ぬnか?」
パーチャーはからかった。無神経ではあったが、それが彼女たちである。
「おう。多分、そうっぽいな。腕のいいギフターがいる。狙撃かな、シールドぬきやがった」
左のこめかみに殺気の熱を感じ、とっさに身をよじった。直後に弾丸が額を横に割った。絶え間ない連射を浴びながら逃げていると、背部の装甲を貫いて右胸から飛び出た貫通弾。無線はそれからのことだった。
「おっと、足が速い。あんた、名前は?」
無線は繋がったまま。少しでも情報を得ようとする、死に対する最後の抵抗だった。
歯噛みする小隊、しかし一言も発しない。近しい者の覚悟を知ってもいた。慰めや激励は無駄であり、考えを改めるジョンソンでもない。
「名前、ないの?」
流れ落ちるおびただしい血の量、ジョンソンは鬱陶しそうに額に手を当てた。
「……ルーニャ・レイヴォーク。陸軍大佐」
「よろしく。さあ、撃ってきな。レイヴォーク」
ユニットは一目でわかる近接型。取って付けたような薄い装甲、背部のブースターだけが異様に大きい。腰に提げた太い剣、その柄に手をかけた。
「……銃はない。さっきのは他のやつがやった。私にはこれしかない」
背負った剣を抜いてから、ジョンソンの首筋に沿わせるその速度は弾丸よりも速く、互いの距離十メートルを零にまで圧縮し、瞬間的な移動でもって行われる究極の殺傷技。
どんなギフターでもほぼ携帯している火器というものを持たず、それでいて大佐にまで上り詰めたこの絶技、レイヴォークのユニット『雷』の超軽量と高機動を最大に生かした、皇国でいうところの居合いである。剣を抜く、切る、鞘に納めるという流れを素早く、目では追えないほどに突き詰めた技術だ。その間合いは広く、銃弾とまではいかないが、数メートルから十数メートルまでは確実に仕留められる圏内である。
そういう確実な死の圏内にジョンソンはいた。
しかしその首を落とすにはいたらない。何かが剣と首の間に滑り込んだのだ。
「……遅いぜ、小鳥ちゃん」
ジョンソンは口笛でからかった。額の出血が眼を隠し、そこに銀色の髪が張り付いた。
「大きな傷だ。猫の額によくおさまったものだ」
銀鷹サラ・アビゲイル。彼女の長刀はジョンソンの首を守り、間一髪で命を救った。
レイヴォークの剣を弾き、また上昇、太陽を背に、地上にいる一般に掃射した。世界中央製のC01自動小銃が雨を降らせ、赤い水たまりをつくった。
旋回し、落下し、上昇、反転、縦横無尽に空を飛び、築きあげる死体の丘は山となり、水たまりは川となる。酷い自然を産み出し始めると、ようやく追いついた空軍ギフターたちはそれに加わり、戦場は様子を変えていく。
バレッタが低く飛んで囮となり、バレッタとウィースコスが弾丸を撃ちまくる。同士討ちはなく、一方的なそれにリーシア兵士たちは右往左往に逃げ惑った。
「なんだ、あれは。この世のものか」
誰かが言った。空と地上を高速で移動する銀色のギフターはどうやっても幻想的になってしまう。長い銀髪は重力に従い、歯向い、長刀は踊るように人を刎ね、その悲鳴の数を増やし、減らす。
ギフターも一瞬見惚れたほど美しく優雅だった。
「……冷めた。その首は預ける」
レイヴォークは剣を鞘にして反転、敵陣、彼女にとっての自陣に戻り、華麗な撤退をして見せた。リーシア兵士は置き去りだった。
「正真正銘首の皮一枚だ」
「なんだ、生きてやがる」
パーチャーはそうは言っても安堵していた。
「それよりリンさん、助けてください。腕が折れました」
今度は穂波の危機だった。ガオロウより先にアビゲイルが応答する。
「
言うが早いかウィースコスがひらりと舞い降り穂波を抱え空へと戻る。
「うわわわ!」
「いい眺めでしょ?」
ミストシーは疲れも知らず、溌剌と無線に呼びかけた。
「やれるかおい」
「うーん、これくらいなら」
世界中央とリーシアの兵士数はほぼ拮抗している。上空からだとそれがわかった。
「やれるね。うん、もう一本折れていてもやれるかも」
「はっはっは。強者だな」
奮起するアビゲイル。銀鷹に触発されたフェロウズ小隊、特に死にかけのパーチャーは昂った。
「連中、知らねえだろ。鉄錆の味ってやつを」
「賭けはキャットの勝ちだね」
「きゃー! アーク、私よ! クリス・バレッタよ! あーもう最高! あなたの上を飛んでいるのよ、信じられないわ」
「……信じるも何も。でも、助けに来てくれてありが」
「それ以上は気絶するからだめ。こんなんでごめんね」
ウィースコスは冷静そのものだった。
「殲滅か、機を見て退くか。どうする」
ガオロウの問いにミストシーは答えない。その代わり、新たな声が届いた。
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