26話 戦列と殺し屋
少なくともシィ・ホープセルはいない。それがわかっただけでリーシアは大規模戦力投入を決定した。
ギルベルト・レオナルド中佐が率いる旅団、その数三千。
ヘンリー・スチュワート准将の旅団、四千。
オズワルド・リック大佐の大隊、同ハーヴェロク・ポルティクロの大隊、それぞれ六百。
リーシア帝国陸軍ギフター小隊アニー・バトロキア大尉、以下八名。
ギフター小隊フラツカヤ・ニェジリイズ少佐、以下六名。
そして民営はスネグラチカから数名。
リーシアの首都モスクワは東西に伸びる国土の東側、大西洋に近い位置にある。そのため西部防衛を一任されているリッキンバー・ゴルデルク中将の指示だった。
このスチュワート准将たちはウエクの奥、スレーチカから応援として駆り出された。ウエク付近で指示を待ち、そこから馳せてきたのだ。
戦場はそのまま墓地といってよかった。世界中央は最初一万程度の兵士がたった一時間で一割を失っている。それはリーシアもそうなのだが、この追加戦力が到着してしまったのだ。
まず現れたのは当然ギフターたち。だがこれくらいならとミストシーたちは安堵していた。倍であたるというリーシアの性質を知っていたし、全てを屠ることのできる力量もあった。
しかし、その後ろにある脅威までは想定していなかった。ギフターはあくまでも時間稼ぎで、狙いは圧倒的な数敵有利を取ることだった。
新たなギフターは大戦力到着までの繋ぎとしての役目を十分以上に果たした。アークはオリボフの相手をしながらも、ギフターに狙いを定めて迎撃し奮戦した。ミストシーたちも、途中で弾がなくなったマクシミリアンが拠点まで引き返し強烈な非難を浴びることがあったが、やはり活躍は目立った。
戦勝の要因として、ギフターの影響は論じるまでもないが、やはり一般の兵士、兵器というものは外せない。空間を鉛色にしてしまうような掃射がミージックの悪天候の下で行われた。
そこに敵味方の区別はなく、中には敵の陰にいたおかげで助かった者もいた。そして雪崩れ込む新鮮なエネルギーの集団。指揮を執るリチャードは無線を握りしめて叫んだ。彼は後方十キロの位置にいる。
「一時離脱! 全員速やかに後退しろ!」
だが現場はそうはいかない。したくともできなかった。使命感からではなく、そんなことをリーシアが許さなかったのだ。疲れきっていたし、逃げ場などない。逃げた先でたまたまリーシア佐官と出会い切り殺された者もいた。
「リン、お前が隊長代理だ。フェロウズ集めて下がれ」
ミストシーは絶望的な不利でも冷静に、しかし激情を込めてそう言った。
「拝命したいが、この状況じゃ難しい」
「道は作る。縦列! 離脱するぞ!」
無線が伝えるノイズ。嫌な予感がした。
「リチャードだ。ギフター諸君、きみたちは敵を食い止めろ」
それがギフターの、いや、ギフターにしかできないことだ。リチャードは焦りを隠してそう死刑宣告をする。
ガオロウもパーチャーも、ミストシー小隊の面々はそれを聞いても驚かなかった。それが私たちであると理解していた。
「……時間にして、どれほど」
「わからない。可能な限り食い止めろ」
「十分ですら可能かどうかわかりません」
「……応援を呼ぶ。どう見積もっても一時間以上かかるが、それでもここは踏ん張らねばならん」
「一時的に離脱の許可をいただきたい」
「言ったはずだ。時間を稼げ。お前らの十分間でなにができるかわからんが、それが増えるほど後退の距離も延びる。勝つための犠牲となれ」
ギフターの居場所は負け戦にあるもんだ。そうミストシーは笑った。すぐ側でガオロウも苦笑した。
「はっはっは! わかった。一匹だってそっちにはやらねえよ。だからさっさと逃げやがれ」
離れていても伝わってくる狂気と歓喜。おぞましさにリチャードの無線を持つ手が震えた。
「その代わり、応援とやらのケツを蹴っ飛ばしてくださいよ」
「約束する。私が責任をもつ」
「了解です少将。……急げよ」
ミストシーは周囲を見渡し、ため息をついた。その間にも全身の駆動を止めていない。
「というわけだ」
肩をすくめる。リーシア兵の突撃を小銃で薙いだ。
「たいちょー、リンが漏らしてまーす」
「埋めるぞキャット」
「ねえ、アークはどうするの?」
穂波は二十三本目の折れたナイフを捨て、どんぐりでも拾うように武器を探す。
「僕?」
「あー……撤退してエコーズと合流かな」
そのミストシーの言にアークは呆れながら、オリボフとのダンスを続ける。
「……僕が誰だか知らないの?」
「……アークだろ」
ジョンソンが疑問符を浮かべる。彼女のシールドはもう限界が近い。
「そう。ティルアーク・エレイン。僕がエイザーサウスで何て呼ばれていたか教えてあげる」
アークは煙草を吸う真似をした。そうすれば誰にも負けないような気がした。シィが理想であるとすれば、煙草屋さんはなんだろう。アークはこんなにも好のことが気に入っている理由が自分でもわからなかった。
「殺し屋アーク。ひどい渾名だよね」
誇るべき戦果、守った人々、授与された勲章の数、彼女の貢献は計り知れない。
だがそれらを霞ませたのは紛れもなく彼女である。死体を探せば何発撃ったのかわかるといわれたほどの、視線がそのまま弾丸の行く先であると噂されるほどの射撃技術が貢献や称賛の度合いを追い越したのだ。
「投降するか」
オリボフはやや射撃の手を緩めた。軍属ではないギフターは降参を躊躇わない場合が多いためだ。
「あなたがリーシアのみんなに攻撃を止めるよう指示してくれれば」
「無理だ。ここは混沌、指示もなにもない。ただお前たちを殺すだけだ」
「だよね。だから降参はしない」
ギターの六弦を弾いたような、短く響く高音。オリボフのユニット海は肩まで装甲を纏わせた、防御に特化したもの。前線での斬り込み役が彼女の本領だ。そして高音の出所は脚甲、すねの部分。細長い銃弾がシールドを貫通し、厚い装甲にめり込んでいた。
「なんだと……?」
「やっぱり硬いね」
アークは円運動を停止させオリボフへと突撃する。前後左右に流れる弾丸は彼女を避けている気配すらある。
「特攻か!」
「……左」
オリボフは引き金から指を離さず半時計回りに動いた。シールドが割れるほどの連射を浴び、たたらを踏む。
それは静止しているがいつ動くかわからない弾丸の前に移動した、と思われるほどの奇妙さだった
「へえ、前に出るんだ。貰うよ、肩と足」
「くそっ……!」
アークは幽鬼のようにふらふらと、なにもない場所にリュミエールの引き金を絞る。地面へと着弾するはずのその場所に、オリボフは自ら体を向けた。ユニットは課せられた仕事の七割は達成し、残り三割は情けなく肉を貫かせた。右肩の装甲は砕け、繋がっているのが不思議なほどに肉体を骨ごと削いだ。左足の太もも、膝、ふくらはぎには正確に二発ずつ命中し、しかしよろけることを拒否し、伸縮する三叉の槍を伸ばして杖とした。
「折れる。おなか。ん、耳」
「まだ、やれる……」
崩れ落ちるのを堪えるが、意思とは関係なく前のめりになった。放たれる魔法弾、槍の持ち手をへし折って、そのまま腹部を貫いた。流れ弾が飛んでくるとオリボフの耳に穴をつくる。
「『貴様、なにをした』でしょ?」
「貴様、なにを、した」
そしてオリボフは倒れた。その頭に残弾の六発を全て撃ち込み、アークは地獄を噛み締める。マガジンを取り替え周囲を見回し無線を繋げた。
「みんな、見た?」
こんな状況ですらミストシー小隊は楽しそうだった。
「やるなぁアーク。私の命中率と同じだ」
「リトイザ、嘘をつくな。さっき外したの見てたからな」
「リンちゃんは厳しいねぇ。……さて」
パーチャーは止血こそしてあるものの、小さな穴の空いた肩口をなでた。
「応援、早く来てくれないかなぁ」
人の波は止めどなく、ギフターたちはいつの間にか合流し、また別れる。横一杯に広がって、リーシアを塞き止めようとした。
無論、無駄である。
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