25話 北部の戦端
北部、アークたちはひどい吹雪に晒されていた。だからといって陣地に引き込もり、その暴風をやり過ごしているわけにもいかない。
道中は先の見えない白き壁、音といえばごうごうというノイズ。足先の凍傷を避けるためあえて強行し、鍋つかみのような手袋をしていた。
中継地と定めたレイネッテ北西のミージック、輸送トラックの脱輪や、悪天候により行軍は遅々として進まず、そうして敵と遭遇してしまった。
「大隊規模だ! 逃がすな、
ふざけた名前だが実力は本物である。ミストシーは猛吹雪をものともせず、突っ走る。後続はガオロウ、ハーティ・ジョンソン軍曹、ジュリア・パーチャー曹長、リトイザ・コンフォード・マクシミリアン一等兵、最後尾を
その美しい列を追い越す真紅の魔法鎧がある。
「ナディア、指示はある?」
ティルアーク・エレインだ。ミストシーの横につくとそう言った。前だけを見つめていた。
「私とリンは前に出る。他は射撃援護。どっちが得意だ」
「どっちも。でも、なんだか前に出たい気分だ」
「上等! 聞いたかお前ら! アークに怪我させんなよ!」
「あんたも気を付けな。あんまりうるさいと後ろから撃つぜ」
「キャット、冗談はやめろ。それに、私の役目を奪うな」
「心強いやつらだぜまったくよぉ!」
ガオロウの悪ふざけにみんなで笑った。司令官のロードレッドもそれを聞いていたが、彼女も前線での軽口に心地よくなるタイプだったし、特になにも言わなかったし、むしろ楽しんでいた。
アークは加速し、いち早く敵を見つけた。
「人数は二十三。ギフターのみ。
次の瞬間、縦列の先頭を走るナディアは驚愕に口が開いた。
アークの持っているフルオート拳銃、カナリア・ミラーの傑作である流れ星シューティングスターが炸裂したのだ。総弾数18、10口径の特殊弾丸は初速で秒速1.0キロ、弾速は秒速0.8キロ。射撃時の反動をなくすことに成功した世界唯一の例である。
可能にしたのは魔弾と称した弾丸だ。魔力を火薬の代わりに使用する特殊なもので、魔法鎧に使われる魔力との融和性の高い合金を弾芯とし、その周囲と先端を比重の軽いマグネシウムで覆うことにより、高速かつ威力の高いものになっている。
技術自体は考案されていたが誰も実現できなかったのは、使用するギフターの魔力量に原因がある。魔力が少ないと火薬としての役割を果たせないのだ。
アークはその弾丸を用いながら、弾丸ばらまき病と称され、百発百中なのである。好もシィも及ばぬ彼女だけの極めて異常な魔力量、そこから発射される流星が、吹雪を切り裂いた。
ミストシーの横を追い抜く真紅の魔法鎧、アークは牽制射撃ですら、防がれはしたがおそらくはリーダーであろうギフターの頭部へと着弾する軌道で放った。
「リーシア帝国陸軍のオリボフ大尉だ。チビ、名前は」
テリオル・オリボフは弾丸を弾きながら円運動を続ける。接近を試みてはいるが弾幕に押されつつあった。たった一人の少女によって。
あの赤毛は誰なのだとオリボフは思わず問いかけた。
「エコーズ・ギフターズ……今は陸軍の指揮下だけどね。僕はアーク。チビでも間違いじゃないから、好きな方で呼んで」
お互いの部隊が合流、戦場は雪より舞い乱れるギフターたちの地獄と化した。
リーシア帝国陸軍第六歩兵連隊ギフター大隊。総勢三十三、アークが視認したのはあくまでも前衛だけだ。
世界中央陸軍陸軍対リーシア戦闘第一歩兵ギフターズ中隊からミストシー小隊。総勢六名とアークが一人。ギフターはこれっきりで、それと両軍に大砲や狙撃の援護がある。
数的不利はまさに圧倒的である。これは仮に一騎当千のものがいたとしても覆るようなものではない。人数にほぼ五倍の差があるというのは始まる前から半ば勝敗は決しているようなものだ。
「フェロウズ1! 死にたがるなよ!」
「うるせー!」
パーチャーはこの期に及んでも冗談を発し、ミストシーの怒声に続く笑い声。常軌を逸したフェロウズ小隊、しかし力量はあるらしく、アークの側でリーシアのギフターが倒れた。
「ありがと、涼子」
穂波の武装はたった二本の刀のみ。弾雨の戦場を彼女はそれだけで渡り歩いている。
「気ぃ抜くなよ! もっと棒きれ振り回せ!」
移動しながら射撃、その最中に宙返りしているのはパーチャーだ。アクロバティックな動きは非常に不規則であり、無駄も多いが立ち回りは巧みである。
「跳ぶなよ鬱陶しい。こうやれ」
暴力の五月雨の中で、狙撃手マクシミリアンは言った。ロングライフルをくるりと回し、発砲。リーシアギフターのイヴォルカ・ソーイックの足を吹き飛ばし、その首をガオロウが切り落とす。
「調子に乗るなよリトイザ。伏せってうろうろするのが役目だろうが」
「はいはい、副隊長どのの命令ですからね……おっと」
銃弾を避けて散歩でもするように激戦を横切っていく。
「リトイザ、怖くないの?」
「愚問だぜ、アーク。ほら、遊んでこい。援護するから」
マクシミリアンはその場に座り込んでライフルを手の内で遊ばせた。シールドには銃弾がひっきり無しにぶつかっている。
「……変な人たち」
破顔し、アークの胸が熱くなる。防雪仕様の脚甲で強く踏み込むと、あっという間に名も知らぬギフターの懐へと潜り込んだ。腹に銃口を押し付ける。
砲声はなく、しかし淡い光がある。だらりと崩れる彼女、セドナ・ヴェーリチェの意識は後頭部に叩きつけられた三発の魔法弾によって千切られた。
集まり出す両軍の兵士、ギフターの地獄は軍人たちの地獄にもなった。
雪は赤く、黒く、そこに被さる軍服の凄惨さに誰も気がつかない。全員が狂気であった。引き金にかける指の感覚もないままに、頭のなかを空にして、兵士はただリーシアを、世界中央を、わけのわからぬままに憎んだ。撃ち抜かれた肩を、無い腕を、一秒前まで生きていた友人を、全ての責任を相手のせいにした。
「誰か死んだか!」
ミストシーは無線に叫ぶ。自分の位置さえあやふやなほど混戦だった。ただリン・ガオロウだけが背中合わせに斉射している。
「お前より先には死なないよ。死ぬときはお前を殺してから死ぬ」
これはパーチャー。
「それがジュリア・パーチャーの最後の言葉だった。黙祷」
「キャット、せめて明るく言ってよ」
マクシミリアンは次々と敵兵の頭部へと弾丸を撃ち込み続ける。くるくると回して遊ぶロングライフル、構えることすら困難な、死の雑踏の狭所での神業だった。
「あ、刀が折れた」
「もう一本あるだろ」
穂波はなんでもないことのように言った。答えるパーチャーも驚かない。
吹雪は強まる一方でそれに呼応して兵士たちも狂気を増す。塹壕からの撃ち合いではない。肉弾戦とその延長に射撃があるような、そういう極めて半径の狭い空間での戦いだった。安全圏のような位置から飛来する大砲の弾が落ちると敵味方が等しく消える。お互い狙いなどはなく、殲滅のための殲滅だった。
「あら、また折れた」
「落ちてるやつを拾え」
「……本当に変な人たち」
狙いは違えることなく、胸と心臓を貫く。アークは返り血をかまいもしない。高速移動の風圧で固まって髪が逆立つ。
「化物め」
リーシア軍のギフター、女傑テリオル・オリボフは紅を睨みつける。
シールドにはさっきから見たことの無い弾丸ばかりが爆ぜていて不快だ。
これは挑戦。オリボフは受けてたった。
「アーク! 望むのならば!」
「もう、早く気がついてよ」
待っていたといわんばかりにアークは旋回し、魔法弾をばらまいた。背後に、左右に、しかし外れはなく死者の丘が出来上がる。奇形の弾倉、二百発装填のスネイルマガジンを取付け、オリボフに備えた。
偶然にも二人の間には、死人を除けばだが、誰もいない。視線と射線、磁石のように引き合った。オリボフが喉を潰さんばかりの雄叫びを受けてもアーク冷静そのもので、銃弾の一発でさえかすらせない。
彼女はシールドを張っていない。魔力量からすると堅固極まりないものになるのだが、挑発なのかアークはあえてそうせしなかった。
「よう。こちらフェロウズ1。見てるぜ」
「よそ見は駄目だよ」
「じゃあ早く終わらせな」
とうに射程内なのだが、アークもオリボフも命中はなく、円軌道で付かず離れずをしている。相手の行く先を据えての攻防は、半時計回りになって、そこからまた逆に回る。半径は変わらないが円の中心は動くためにその中に入ったものは細切れになった。弾丸の牙を持つ二頭の獣は地獄に相応しい理不尽な死をもたらしていった。
「おいナディア、様子がおかしい」
背後でガオロウが言った。
「……それはあれか。敵の数が減ってないってことか?」
リーシア側では北部戦線から、このミージックから人員が他所に回されたという情報を掴んでいた。ミストシーたちはもちろん、軍の誰一人としてギリギリまで接近していた斥候を察知できなかった。
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