22話 新聞と笑み
「あれ、この人……」
シィは北部からの進行作戦に参加していたが、中央に移動となった。戦闘が激化しつつあるらしく、まだ被害の少ない北部から引き抜かれたのだ。
「おはよう。どうした」
プレハブ小屋で新聞を読んでいるとオルカが訪ねてきた。彼女は時間があればこうした声かけを忘れない。シィの様子を直接確かめたい思いもあった。
オルカは主戦場のウエク地方レイネッテへの道中ですでに忠勤の証として三位戦闘功労勲章と撃墜勲章の二つを授与されていた。
「おはようございますオルカ少佐。どうってほどでもないんですけど」
シィはやや眉を下げ、コーヒーを用意した。ギフターにはおなじみのインスタントコーヒーである。
「ん、リーシアの新聞か。どうせ我々をこき下ろしているのだろう」
「それはそうなんですけど、この人、以前インタヴューを受けていたんです。好と闘って大怪我して」
「ああ、スネグラチカのミレイ・ニキータか。知っているよ。中央軍では逃し屋なんて呼ばれてる、いいギフターだ」
「へえ、じゃあ本当に凄いんだ。好がいいギフターだって言ったのも間違いじゃないんですね」
「いつだったか、クランの小隊をぶつけたんだが、こいつは味方を全員逃がしきった。手傷を負わせながらもこいつも逃がした。ふふ、ナターシャのやつ、かなり悔しがっていたっけ」
オルカは新聞を覗いた。ミレイの写真は満面の笑みである。
「死んだのか、惜しいな。誰が仕留めたのかな」
「いえ、死んではいませんけど」
「ん、どれ、ちょっと貸してくれ」
「はい。でも少佐のお部屋にはないんですか」
「あるけど、まだゼノが読んでいるから。どれどれ、ああ、本当だ。生きている」
スネグラチカのミレイ・ニキータ氏が南部へと赴き重症を負って帰還した。そこでの激戦は想像に難くない。私にとって病室で彼女の笑みを見た瞬間が、記憶を中で最も安堵した瞬間だった。生きていたことに友人として感激し、また祖国の英雄としてニキータ氏は快くインタヴューに応じてくれた。
「あら、アーネイじゃない。あなたがまた私のインタヴューをしてくれるなんて嬉しいわ。え? たまには勝利の記事が欲しいって? ちょっと、私の記事のおかげで前の新聞、凄く売れたんでしょ? 文句言わないでよ」
冗談を言う彼女だが、その姿はやはり痛々しい。なにせ腹部に穴が空いているのだから。ベッドに横たわる彼女の腹部、魔法による治療が現在も行われている。
「誰にやられたかって? それはわからないの。ごめんなさい。エコーズの誰かだけど名前は……え、ホープセルじゃないわ。流石にわかるわよ。彼女だったらね」
ニキータ氏は終始丁寧かつにこやかに取材を受けてくださった。その理由は次の通りである。
「死んだかと思ったけど、ほら、元気に生きているじゃない。死ななきゃ勝ちよ。それにね、ここまでされたんじゃ怒りもないわ」
私はただの記者としてだけではなく、彼女のファンとして進退について聞いた。それについて、彼女はとても怪我人とは思えないほどの勇敢さで答えてくれた。
「そりゃあ現役続行よ。え? だったら意気込みをって? ようし、アーネイの頼みじゃあしないわけにはいかないわね」
これらは彼女の熱望により口語体で掲載する。
「これを読んでいると世界中央のギフターさんへ。片腕のリーシアギフターに気を付けろ。次は勝つ! 以上……前とほとんど同じだって? いいのよ、うるさいわね」
「腹部に穴……よく生きていたな」
きっとまた助けたんだ。シィはそれを顔に出さないように歯を食い縛った。封じた嫉妬が漏れだすという失態は見せたくなかった。
「……ルカのやつ、報告がないではないか。エメルもベルも何をしているんだか」
「あの子が無茶なことしたんですよ。だからあんまり怒らないであげてください」
「……はあ、ダメだよシィ。報告は大切なんだから。きみからルカに注意をしておいてくれ」
私はうちの連中に、とオルカは通信室へとシィを誘った。
「やっぱりいいです。私が言ったって、意味ないですから」
シィは卑屈にそう言ってオルカから逃げた。プレハブ小屋に戻ればきっと新聞が目につく。それがたまらないほど嫌だったから、あてもなく拠点の中をトボトボと歩いた。普段はプレハブから即出撃である、迷子になるのにも時間はかからず、しかし歩みは止まらない。
「敵を助けるなんて、おかしいよ」
いいギフターだ。好の言葉が浮かんだ。
その笑顔が誰かに向かっているなんて。と涙が溢れる寸前に、廊下の角から現れた人影とぶつかった。
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