18話 作戦

 翌日はほとんどのギフターが頭を抱えていた。二日酔いである。しかし戦争の渦中でもあるし、何より軍人だ、室内では涼しい顔でいた。


「もう飲まない。あんな水、嫌いだ」


 エコーズのプレハブ小屋でミラーに見守られながら、煙草の火をつけたり消したりする好。叫ぶ度に頭が疼いた。


「タリアさんは平気なのかよ」

「途中から本物の水だったからな」


 シィとアークは城砦を見学すると言ってオルカの部下数名と出かけていた。


「エリーもアビゲイルも昼から訓練するとさ。お前もやったらどうだ」

「ごめんだ。つーか無理」

「駆動テストはいつするの?」

「……しなきゃ駄目かな」

「死にたいのなら、お好きになさいな」

「ああもう! 寝る! その後ね!」


 狭い小屋、その壁際に這いずって、うつ伏せのまま寝息が聞こえる。

 器用だなとエコーは言った。


「ずいぶん仲良くなったみたいね」


 オルカをエリーと呼ぶものは少ない。少佐という地位もさることながら、彼女の雰囲気がそうさせないのだ。


「そうだな。うちの連中はそういうの得意だから」

「タリアは苦手だもんね」

「そうか?」


 そうよ。ミラーは笑う。


「ほとんど初対面の私に、どうだミラー、越えてやったぞ、だもん。びっくりしたわ」


「撃墜数に拘るとそうなるという良い説話だな」

「仲良くなったのはそれからだったっけ」

「……昔話よりもすることがある。私の出番がないとは限らない」

「調整は終わってるよ。駆動テスト、するの?」

「どうせ暇だしなあ。まあ、そのうちだ」


 アビゲイルの編隊が空を飛び、オルカたちが雪を踏む。水気があって凍ると滑る。この大地に馴れるという意味でも訓練をしなければならなかった。たとえ隊長と副官、隊員のほとんどが不調だとしても。

 陽光は雪に反射してキラキラと、溶ける凍土はぐちゃぐちゃと、ユニットはそうした悪条件でも走行、旋回をこなす。

 回復したのか煙草をくわえ、踏む雪に残る二十四センチのブーツ跡。オルカたちが訓練している近くで伸びをした。


「ましにはなった。さてやるか」


 無骨な黒い手甲脚甲、頬当て。腰には一刀「風斬」の鞘が雪に反射し光の中に一瞬消える。


「あれがエリーの……いい動きだ。連中もやるね」


 前に伸ばした手甲からワイヤーが射出され、雪に突き刺さる。ワイヤーはすぐにコーティングされ支柱となり、前進を妨げる。

 車輪をゆっくりと回す。雪を削り、削り、沈みこむ。車輪の凹凸が地面を噛むと回転を止めた。

「異常なし。うん、関節も……武装も問題ないな」


 それがわかると好は武装解除して訓練風景を眺めた。


「交差、直進、反転、また交差。上手いもんだ」


 左右二列が場所を入れ換えることを交差。反転とは後方へ向き直ることである。旋回性能が高ければコーナーを回る際の円周は小さくなる。オルカたちはほぼ完璧に近かった。片足を軸にしくるりと回転をする。


「待ち遠しいね」


 眺めるはリーシア、ここは補給の要。


「こいつらが、私らが行くからよ。すぐに、すぐに行くからよ」


 吹き付ける風は針のように肌を刺す。熱いのか冷たいのかわからない。眩しさに目を細め、彼女はまた伸びをする。




 世界中央陸軍対リーシア戦闘第一歩兵ギフターズ中隊、隊長はエリザベス・シルヴァ・オルカ少佐。副官のゼノ・ガトーテック大尉が副隊長。彼女ら二名を合わせて二十名で構成されている。


 第一小隊隊長クラン・ツール中尉。副隊長ナターシャ・ロージェスト軍曹。


 第二小隊隊長ナディア・ミストシー中尉。副隊長リン・ガオロウ少尉。


 第三小隊隊長ベル・シャロット大尉。副隊長エメル・ヒューゴ少尉。


 彼女ら小隊の頭に以下四名ずつ配備されている。


「整列!」


 参謀のハドソン大佐は顔を見せず、というよりも現場にいない。病気だと言って参戦を拒んだのだ。全軍の指揮官、そして責任者はベルガドル・ロードレッドという中将。三十になったばかりの女将校だ。若く、そして女であることで不名誉な噂がひっきりなしのロードレッドだが、彼女は十五歳から軍属の叩き上げである。行動の全てに筋が通り、鋼の女と呼ばれているが、本人はそれを気に入っていた。


「進め!」


 ザクザク、キュッキュッ。無数の足音が、トラックのタイヤが、地平線まで続く白い絨毯を歩いていく。補給地から東へと進むのは主力のトーマス少将の軍団。オルカとガトーテック、ツール小隊を含む約一万五千人。アビゲイルたちもここにいた。


 主戦場をウエクとし、まず西側のレイネッテを強襲する。

 北から大廻りで進むのはリチャード軍団。ナディア小隊、シィとアークはここにいる。総勢一万人。

 南側一万人。リーシア帝国に少しせり出ている世界中央領キエイルフ、その国境から百キロ地点をなぞり迂回するのはクラウス軍団。ベル小隊と好が配備されている。


 通信は最後方、世界中央の国境から数十キロのウィトベイク城砦に集められ、そこから各部隊へと流布される。電信のコードを伸ばし、ポイントごとに拠点を作るやり方で、三方向から攻める手筈になっている。


「立案は誰だ」


 南で行軍する好は煙草を噛みきった。


「ハドソン大佐です」

「どうして戦力を分けたんだろうな」


 皇国人、良夫よきひとつなぐはその問いにしばらく考え込んだ。

 彼女は皇国から、海外との技術交換という名目でやって来た。機動力を活かした制圧が得意で階級は少尉。オルカ隊ではなく、皇国軍扱いで、戦いを見学するだけで戦列には直接参加しない観戦軍人だ。これが終われば皇国に送還されることが決定している。


「包囲、でしょうか」


 歳は十八で、歳下の好に敬語を使った。誰にでもそうだった。

 哨戒からの連絡がひっきりなしに安全を伝えるが、その緊張感は凄まじい。


「リーシア相手に? やつらは全軍で来る。人もギフターもいっぱいいる。量で負けてる相手に包囲なんかできないだろ」

「でも皇莉戦争の例もありますし」


 リーシア、皇国文字で莉と当てられるために皇莉戦争と呼ぶ。少数での包囲作戦が成功し、各国から奇跡と喝采を受けた事例を良夫は持ち出した。


「運が絡む。敵の不幸と味方の幸運。それでようやくだ。そもそも皇莉戦争じゃギリギリの勝利から講和に持っていった。あんなのおとぎ話みたいなもんだ」

「ばらけた敵を各個撃破とか」

「ばらけてるかどうかはわからないだろ。エリーの所に行けばそれを左右から挟めるが……総戦力で負けてるとして、敵が部隊を三つに分けたらどうする。六対三は二対一だ」


 そうですねと良人は言う。それ以上はお互いに慎んだ。

 トラック六台。装甲用の厚い鉄板が施されたものに大砲を乗せ、車内から弾を飛ばせるように改造されたものだ。タイヤには鎖が巻かれていて滑り止めになっている。

 それらには砲兵という専用の人事がなされていた。その後ろにくっついている大型車には技術兵がいる。通信などの、どちらかといえば非戦闘員だ。軍医もここに同乗している。

 その技術兵、リッキー・オズワルド曹長が無線を飛ばした。


「トーマス軍、接敵! 十キロ前方にリーシア軍あり! 交戦に入る!」


 良夫はじんわりとした痺れに全身を支配され、それから指先が震え、歯が鳴った。寒さもあるだろう、だがそれとは決定的に違うことがある。周囲にまで聞こえてしまいそうなほどの鼓動が痺れた足を動かしていた。


「……大丈夫とは言えないが、まあそれなりにやるはずだ。私たちは、作戦通りやろう」


 このまま迂回し、主戦場まで向かうこと。途上にある障害を排除するのは当然で、それを助けになど行けるはずもない。


「あの人……あれは怪物みたいに強そうだし」


 好は笑って煙草を差し出す。彼女だけは無線に怯えていなかった。


「……はい。そうですよね。オルカ少佐は負けません」


 か細い煙は南から吹く突風に煽られる。今ごろは、と考えると死者の声が聞こえそうだった。

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