17話 宴会
「オルカ少佐。お招きしていただきありがとうございます」
空軍は海軍に次いで規律が厳しくないというのが風評としてあったが、彼女たちは全員で敬礼した。むしろがんじがらめのはずの陸軍オルカ中隊の方がずっと宴会を楽しんでいた。
「当たり前じゃないか。あなた方は、畑こそ違うが同じギフターだ。遠慮なんてせずに寛いでくれ」
もっとも。オルカは続ける。
「恥ずかしながら、私の部下は遠慮も人見知りもない。迷惑だったらひっぱたいてくれ」
ひどーい! 隊長は部下を守れー! ヤジはそのまま親愛であったし、戦場でもこうして振る舞えるというのは士気の低下を防げる。悪いことばかりではないが、とにかく騒々しい。
「やっほー、サラ。飲んでる?」
シィもアークも空軍に混ざった。そうするとよくわかったが、ここにいる四名は志願してここにいるために並々ならぬ決意があった。
「陸のギフターが駆り出されると聞いてな、しかし空軍は協力的ではなかったから、まあ、半分抜け出して来たようなものなんだ」
「ご飯と弾をごっそり持ち出してね。ホープセルと戦えるならどこにでも行くよ」
サルコワ・ウィースコスは無表情にアビゲイルのグラスに水を注いだ。まだ酒の残っているグラスに、だ。それが彼女の茶目っ気のようだ。
「あ、あはは。無茶はしないでね」
世界中央空軍独立陸戦支援小隊という名称だけをもらった。それ以外は無断拝借だとアビゲイルは笑った。
隊長のサラ・アビゲイル中尉。副官サルコワ・ウィースコス少尉。クリス・バレッタ少尉。キャロル・フリック軍曹。この四名がいわば決死隊である。
「シィは新聞を読んでいない者も知る有名人だが、エレインも聞いたことがあるな」
「アークでいいよ。僕も名前で呼ぶから」
これが初陣だというフリックが、さりげなくアークの手に手を重ねた。同年代の活躍が喜ばしいという。
「私、あなたの出ている新聞、全部持ってるの」
「そ、そうなんだ。ありがとう」
「キャロルだめでしょ。ごめんね、彼女しつこいの。かなりね」
「シィ、クリスにサインをしてやってくれないか。きみの大ファンなんだ」
クリスが注意するのはいつものことらしく、ウィースコスは無表情に言った。それが地顔なのだろう、言葉には感情があった。
シィがサインをしてやると、感極まったのか、バレッタは失神した。
「……え?」
「シィのことになるといつもこうだ。でも空じゃそれなりだから安心してくれ」
「サラも大変なんだね」
「アーク、そういうこと言わないの」
「ふふ、いいんだ。事実だからな」
ゆったりと相互の理解を深めていくシィたちの背後では騒がしさの塊が、何かに熱中していた。灰皿代わりの缶詰片手にひらりひらりと会話を楽しむ好、アビゲイルは舌打ちでもしそうだった。
「私はきみたちを好ましく思っている。それも、大いに。しかし彼女は……」
「確かに品行は悪いのよね」
「うん。でも僕は好きだよ。頼りになるお姉ちゃん」
「……あれが?」
どんちゃんさわぎの主人公である好は大きな声で喚いている。
「なんだ、クラン、包帯なんかして。隠された秘密の力? 病院で診てもらえ。おうベル! それは私のチキンだぞ! エメルはどこだ、便所? 飲み過ぎるからそうなるんだ。あ、ナディアよう、悪いが火ぃつけてくれ。え、自分でやれって? いいじゃんか、ほら」
アビゲイルはそれを指し、ため息をついた。
「どうしてだろうか、私は別にあの手のタイプが嫌いではないのだが、どうも」
「嫌いじゃないのね」
「ああ。だが、苛つくというか、なんというか。あいつ、強いのか?」
すると噂の主が喧騒の輪を抜け出してやって来た。頬は赤く火種を煌々とさせ、アビゲイルの肩に腕を回す。
「シィ、独り占めはよくないぜ。なあアビゲイル」
勇気あるな。と空軍ギフターは好の馴れ馴れしさに内心で舌を巻く。
「……何か用か」
さっきまでの和やかさは仇敵にでも出会ったかのような剣呑さに変わる。ウィースコスだけがぼんやりと干した羊肉をかじった。
「用はないけど、強いて言えば、あんたとお近づきになりたくてさ」
隣に座り例のごとく一服をと煙草を差し出す。
仲良くしましょうと言われ、宴会の場でそれを拒むアビゲイルではなく、無言で好意を受けとる。
「……あんた、あれだろ。
「そう呼ばれることもある」
煙を吐き出す。アビゲイルは対話してみようという気になった。根負けである。
「ねえ、その渾名って」
「知っている奴は知っている。そのくらいには有名さ。火の女神なんて派手じゃないから、わからなかっただろ?」
「シィって渾名は多いけど、他の人のは知らないよね。ちなみに僕は知ってた」
「……ふん。いいですよーだ。私はどうせ何も知りませんよー」
「すねるなよ。なあアビゲイル」
「自分で名乗ったんじゃない。文屋が面白がっただけだ」
この髪をな。かきあげるとさらさらと指を抜ける。銀色の柳のようで、好でさえ目を奪われた。
「ユニットはその名も高き
流暢なのはアルコールのせいではない。この場にいる強者に興奮しているのだ。中央の狼、銀鷹、その他にも渾名のある者が散見するこの現場に闘争の炎が盛っていた。
「噂にすぎない」
「能ある鷹はってか?」
「なにそれ」
シィはジュースをすすっている。憧れの視線がある以上、羽目をはずすわけにはいかなかった。
「皇国のことわざだよ。能ある鷹は爪を隠すってやつ。能力のあるやつはそれを見せびらかさないってこと」
「へえ。以外と物知りよね」
「以外……まあいいや。それでさ、ちょっと遊ぼうよ。銀鷹さん」
「なっ、駄目! そんなの許しません!」
宴会である。幸いにもシィの大声は目立たない。ただアークだけはにやけていた。
「そうだな。戦争前だし、何かあっては困る。模擬戦は今度にしよう」
「え? 模擬戦……?」
「どうしたのシィ。そんなに大声で言わなくてもわかるよ。それに許すかどうかは隊長次第だよ」
「あ、うん、そうね。わかってるわよ。模擬戦なんて駄目に決まってるわ」
なんのことかわからず、好は「それよりさ」とアビゲイルの腕を引いた。
「なあ、あっちに混ざろうぜ。親睦を深めなくちゃ。ほらクリスもキャロルも。おサル、お前もだよ。エリーも呼んでるぜ」
「エリー? もしかしてあなたオルカさんのことエリーって呼んでるの?」
「許可は貰った。狼だろうが酔っちまえば形無しよ」
「ルカ! 早くサラたちを連れてこい! タリアさんも待ってるぞ!」
「ルカって好のこと? へえ、ハルカワの真ん中を取ったんだね」
「ご機嫌だよ、あの人」
「ゼノ・ガトーテック大尉、歌います! 陸軍ギフター讃歌!」
清らかな声と荒々しい歌詞はマッチしていた。誰でも歌える簡単なメロディだし、空軍のアビゲイルたちでも歌えるくらいには知れていた。
「いいぞー」「次は私が歌う!」「隊長キスして!」
収集はつかず、大人しくするつもりもない。苦情をいれたい連中も気を使った。それほどギフターは、少なくとも良識ある者にとっては特別な存在だった。
たっぷり二時間。宴会場は飲み潰れた大多数を素面の者が介護するようになってから鎮静した。
武勇を煙といっぺんに吐き出し続ける好、聞き手はオルカとエコー、アビゲイルとシィだけで、アークやその他のギフターはみんな医務室との往復で忙しかった。
「……それで救出は成功。私はそいつらにコーヒーを飲ませて煙草を吸わせてだな」
「よくその距離で間に合ったな」
オルカは空のグラスに口をつけた。かなり酔っている。
「もちろん全速力さ」
「そもそも実話かどうか疑わしいものばかりだし」
アビゲイルはクラッカーに水を付けて食べた。彼女はイングランド産まれだが、そういう習慣なのではなく、隣のあるチーズソースと間違えたのだ。
「嘘じゃない。なあタリアさん」
「まあな」
「ユニットの銘は?」
ついにアビゲイルはシィにもたれた。
「サラ、医務室に行く?」
「平気だ」
「そうは見えないけど」
「ルカの話が事実なら、もっと有名でもいいはずだけど」
「ああ、写真が嫌いなのよ。それに名前も言わずに撤収しちゃうし。民営は売り出してなんぼじゃない」
「だって面倒だろ。それで
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