16話 威風と自由
数日後、カナリア・ミラー整備士も復活して事情を聞いたが「エリーが? 大変ね」とだけ言って、あとは依頼を快諾した。
一週間後の十二月三日、好たちは基地にいる。リンカーフォードの東、ヨーディまで15キロほどのところにあるウィトベイク基地だ。
世界中央のほぼ東端の町で、大規模な築城をしている。道を石で鋪装、通信設備の充実をはかるなか、空軍から自由意思で参戦したギフター四名が、安っぽいプレハブで休息をするエコーズに挨拶にきた。
好、シィ、アーク、そしてエコーの、カナリアを除いた全員の前で、彼女たちは敬礼をした。先頭にたつ空軍の灰色をした防寒ジャケットの女の厳しい眼差しは寒さのせいだけではない。
「失礼します。世界中央空軍独立陸戦支援小隊長のサラ・アビゲイル中尉です。粉骨砕身の覚悟で任務に当たる所存です。エコーズ・ギフターズの皆さん、よろしくお願いします」
色素の薄い銀色の髪は雪上で天然の保護色となりうる。 奇襲や突撃支援が空軍の任務だが、今回は物資輸送が主任務だった。
「タリア・エコーだ。よろしく」
柔和な笑みの愛煙家もそこに混ざってきた。
「よう堅物。一本吸いなよ」
あくまでも好意一色であり、これが好の挨拶なのだが、それは当然受け手次第。
なんだ貴様。とアビゲイルの殺気の視線はそれだけで差し出された煙草に火がつきそうなほどだ。
「ちょっと! ごめんなさい、私はシィ・ホープセルっていうの。よろしくね」
背中に問題児を隠して握手を求めた。アビゲイルは手袋を外して応じた。
「あなたのことは知っています、シィと呼んでも?」
「もちろんよ、私もサラって呼ばせて。あなたたちの協力がないと成功は難しい。頼むわよ」
「当然です。あなたの上を、いいや、エコーズの上を飛ぶなんて光栄です。それでは、我々はまだすることがありますので失礼します」
きれいに回れ右をするも、余計なことを言うやつがいた。
「またな堅物。空での一服は気持ちいいだろ」
「……誰だ貴様」
「
「やめなよ。ごめんねサラ。この子、僕たちももてあましているんだ」
「ひどいぜアーク」
「……失礼する」
四人は去った。くわえ煙草が楽しそうに揺れた。
「規律のあるいい連中だな。頭がちょっとかっちりしてるけど」
ポンと彼女の頭に手を乗せるシィ、そして乱暴にグリグリと撫でた。
「初対面なんだから加減しなさい。支援部隊に嫌われたら戦争なんてできないんだからね」
「シィのいう通りだ。でもあのサラって人、ちょっと怖かった」
「私は普通にしただけだって」
「挨拶くらいしっかりしてくれよ。そのうち中尉じゃなくてもっとでかいのが来るから」
「ハドソン大佐とか? こんなところまで腰ぬけは来ないさ」
天幕が開いた。表にいる警備は彼女を敬礼の姿勢を崩さぬまま通した。
黒髪短く肩で揃え、雄々しく太い眉毛の下に、琥珀を嵌め込む双眸鋭く、真っ赤な紅くれない映える唇、細身に宿す肉感を、陸軍の分厚い深緑色のジャケットから芳香させるその女。
風格凛々しく威風堂々のこの女。
「世界中央陸軍対リーシア戦闘第一歩兵ギフターズ大たいちょ……失礼、今は中隊でした。中隊長のエリザベス・シルヴァ・オルカ少佐です」
上から下までをまるっきり軍という組織に漬け込んだような、岩のごとき雰囲気がある。堅物と評されたアビゲイルが軟弱に感じられるほど、オルカは身心が磨かれていた。自己紹介を間違えても咎めることができないほどに貫禄があった。
「ようエリー、面倒に巻き込まれたな」
オルカはエコーに目を向けただけで返事はしなかった。
「あなた方は私の指揮下で行動してもらいます。会議を行うので、エコーさん、こちらに」
「はいよ。あ、そうだ。お前、来るか?」
煙草を吸ってふんぞり返る好は、薄く笑って首を振った。
「なんで私が」
「どうせ好き勝手に動くんだろう。でも目的をお前が理解していれば、それに沿ったら行動に出るとわかる。そうした方がこっちもやりやすい」
「ちゃんと指示通り動くってば。まあ、現場じゃ何があるかわからないし、聞いておこうかな。オルカさん、いい?」
「かまいません。他に会議への参加希望者は」
シィもアークも、突然肩が痛いとかユニットのチェックだとかで断った。
「僕は指示通り動くから、遠慮するよ」
「わかりました。では」
軍のギフターたちはプレハブではなく、築かれた城の中で待機している。城とはいってもコンクリートで固めた箱状の建築物だ。そういう箱が積み上げられたものを陣地に築き、周囲をコンクリートの柵と鉄線、堀で囲み、ウィトベイクを要塞化していた。
世界中央陸軍対リーシア戦闘第一歩兵ギフターズ中隊詰所。トップはオルカ、下は軍曹までの所帯だ。どの顔にも悲痛さはなく、どこか楽観的な笑みがあった。
「あ、少佐だ。全員、並べ!」
オルカの副官、ゼノ・ガトーテック大尉が綺麗な二列を作り上げ、エコーたちを迎えた。
「御協力頂くエコーズ・ギフターズに敬礼!」
精悍だった。オルカによる行き届いた規律と情熱のある教育が一子乱れぬ動作に見えた。
「あー、かしこまらないでいい。私たちはこの中隊の指揮下にいるんだ。同僚だし、仲間だ。普通にしてくれてかまわない」
エコーがそう言っても直立不動を崩さない。
「……全員、休め。いや、もう自由にしてくれ。この人はあまり気にしない人だから」
オルカの声かけで彼女たちは、あーとかうーとか言いながら、寝転んだり、本を読んだりし始めた。さっきまでの引き締まった空気はもうすっかりだれきって、オルカはすいませんと呟いた。
「腕はいいのですが、何しろこう、自由な連中でして」
「はっはっは。こっちの方が楽だ。これでいこう」
「あなたがそれでいいなら……。でもある程度にしておいてください。うちも立場上、暢気ではいけませんから」
「もちろん、さあ隊長殿。さあ始めてくれ」
黒板には地図が貼られ、赤と青の磁石が東西にわかれている。赤が世界中央、青がリーシア帝国だ。
オルカは教卓の書類をエコーに渡し黒板の前に出た。自由な連中と評されただけに、中隊の面々はそれぞれ好き勝手な場所で、座ったり立ったりして話を聞いている。エコーたちは渡された中隊の名簿や作戦概要の書類を眺めていた。
(これだけのギフターがいて、残るのは)
好は冷酷な未来を煙と一緒に吐き出し、壁に寄りかかる。オルカは教卓を叩いて注目を集めた。
「みんな聞いてくれ。会議を始める。作戦についてだが、事前に打ち合わせした通りで」
「隊長、しつもーん!」
木箱には弾薬とあるが、中身は空っぽなのだろう、彼女の揺らす踵に当たるとポコポコと軽い音がする。
快活に手を挙げているのはユンナ・ベンブロークだ。
「……質問を許可する。ベンブローク少尉」
「自己紹介とかしないんですかー? その方が連携もとれると思いまーす」
邪魔するな。もっともな意見だ。その両方が混ざる瞳で、エコーを見た。
「……よろしいですか、エコーさん」
もちろん。エコーはオルカに並んだ。
「エコーズ・ギフターズのタリア・エコーだ。今回あなた方と共闘できることを誇りに思う。微力ながら手伝わせて頂くが、奮戦することを誓おう。よろしく」
拍手、指笛、ノリのいいオルカ中隊だった。
「次は私ね」
煙草に火をつけて、わざわざエコーとオルカの間に入った。
「こんちわ。初めまして。みんなはエコーズのこと、知ってるかい」
すると挙手多数、軍でも評判ではあるらしい。
「はーい! ホープセルのいるところでーす!」
「そう! そのホープセル、奴は強くてカッコいい、そうだな!」
そうでーす! 黄色い歓声、手帳からブロマイドを出す者もいた。
「ふっふっふ。いい気分だ。さあて、それじゃあ私のことは知っているかな」
これほどまでに静まる隊員を見たことがない。やればできるのだとオルカは独りで感動していた。
「知ってるわけないだろう。お前、写真もないし、名乗らないし」
「聞いてみただけさ。じゃあキャバルリーの名前はどうだ?」
これも効果はなく、台風の目のような静けさだ。
「まどろっこしい。早くしろ」
エコーにせっつかれ、ようやく彼女は名乗った。噛み潰した煙草から灰が落ちた。
「春川好です。よろしく」
知名度が無いことはわかっていたが、あまりのそっけなさにムッとして、煙草を捨てた。火をつけると壁に寄りかかって、
「終わり。ほら、軍人の番だぜ」
まばらな拍手もすぐに消えた。
「聞いたことないよね」
「うん。新人さんかな」
「ホープセルはどこ?」
「ミーハーね。気を使いなさいよ。悪いでしょ、目立ってない人の前で」
「あんただってエコーさんにうっとりしてたじゃない」
そのかしましさはオルカの怒号が城砦を揺らすまで収まらなかった。
「客人の前だぞ! どうしてお前らは静かにできんのだ!」
中央の狼と渾名されるオルカ、その統率力は素晴らしいが、それも実戦だけのことで、無論実戦で上手くいけばいいのだが、こういう時のオルカは、いい意味で舐めれらている。
「少佐、作戦については既に私が説明をしてあります。細部まで打ち合わせもしましたし、あとはお二方と詰めるだけかと」
ガトーテックがしれっとそんなことを言った。項垂れるオルカは子犬のようにも見えた。
「格好をつけさせろ……もとい、早く言え、じゃなくて、そういうのは私がやるものだろう」
「少佐は大きくかまえていればいいのです」
「……会議終了。エコーさん、みんなを呼んでください。ささやかながら、酒と飯を用意してあります」
そのあとで詰めましょうと、オルカはヤケ気味に言った。
「空軍連中はどうする」
「それはゼノが」
「あと二十分ほどで来るはずです」
「やけに早いな」
「どうせこうなると思いましたので」
「はっはっは。優秀だぁね。一本吸いなよ」
「いただきます」
「この……はぁ。食堂までご案内するのが先だぞ」
「はい。こちらへ。みんなもついてきて」
ぞろぞろとガトーテックの引率で食堂へ向かっていく。エコーとオルカがシィたちを呼んでくると、空軍のアビゲイルもいた。ただミラーは整備をしておきたいとのことで不参加だった。
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