15話 巻き込まれて怠惰

 ミラーのユニット整備には時間がかかった。技術的な問題ではなく人手が足りないせいだった。エコーズのユニットを一人で面倒を見ているのは、よそに任せたくないという一種の親心である。

 開始してから一ヶ月。リンカーフォードで積雪四センチを記録した今日、それは終わった。

 エコーに背負われ、目の下の真っ黒なくまをこすりながらミラーは本拠にやってきた。


「やっと終わったわよぉ……」

「メル、カナリアを仮眠室に運んでくれ」

「はい。行きましょうカナリアさん。さ、私につかまって」

「ごめんねぇ」


 ずるずると引きずられる姿は彼女の大仕事の証であり、悲惨だという思いはなく、みな感謝で一杯だった。


「タリアさん、あれ大丈夫なのか?」

「放っておけばいい」

「カナリア、最近は寝ていないみたいだったからね」

「それが仕事だからな」

「そんな言い方ないじゃないですか。私たちのために頑張ったのに」


 噛みついたのはシィだ。しかしエコーは動じない。むしろ声を張った。


「だから、それがあいつの仕事なんだ。私たちはチームで、それぞれの役割があり、それに殉じなければならん」

「それじゃあ軍と一緒じゃないですか!」

「ある意味ではそうだ。だけどこれは仕組なんだ。チームとして機能的に動くためのな。私たちが軍と違うのは仕事を選べるという自由があること。シィ、お前はカナリアがぐったりするたびに突っかかるな」


 シィは口をつぐむ。エコーが心配していないはずがないことも、自分がただ感情的になっているということもわかっていた。


「言いたいことはわかる。あんなにやつれてまでしなくても、と思わないこともない。だがやつはやった。予定より延長したことを恥じていたからな。それに報いるためにすることがある」


 リーシアにはもう飛雪が舞い、積雪高らかである。冬は、ことリーシアに関しては古来より戦争に適していない季節であると、特異な例外を除けばあらゆる将軍が自らの苦い経験により示している。

 それらの経験は世界中央人に、軍に、国家に染み込んでいる。ギフターにもそうだ。

 だからこそ。ギフターを軽視する連中の脳内に悪しきひらめきが舞い降りた。


「仕事だ。世界中央はリーシアと再びケンカをする。その一番槍にと依頼が入った」


 ギフターたちの顔色が不安に彩られた。無茶だ。どの瞳もそう言っていた。


「今朝、クルトーから全ての中央軍が撤退したと連絡があった」

「それじゃあまた一から積み木遊びだ」


 好は茶化したが、本心でもある。軽口はうんざりした気分を晴らさず、煙草の煙も重そうに揺れる。


「遊び場まで行ければいいけどね。カナリアが頑張ってくれたおかげで準備はできてるけど、冬季に進軍は嫌だな」

「タリアさん、春になるまで待ちましょうよ」

「それがわからないほど馬鹿な組織じゃない。だが、依頼してきたやつは最上級にイカれている。来るべき春に備えるため、先行し敵を殲滅せよ、だとさ」

「話にならない。煙草が不味くなることを言うのはやめてくれ」

「僕たち……戦力になるのはシィと僕、それと」

「私は嫌だ。断ってくれよ、タリアさん」


 煙は怒りそのもので、口調こそ平時のものだが、その荒れ狂う内情を如実に吐き出した。


「あんたのいう軍との違いはよ、やるやらないが選べることだろ。言ったよな、自由なんだよ。私はなにもだるいから嫌だって言ってんじゃねえ」

「では、何故だ」


 新しい煙草を取り出した。震えながら火をつける。落ち着けと言い聞かせているようだ。


「ただ死にに行くのと同じだからだ」

「軍からも人は出る。少しずつ進み陣地を築くんだ。春になればすぐに一大攻勢に入る。そのための……」

「ねえ、他のギフターは?」


 アークは慎重に口を開いた。


「知り合いに確かめた。どこも同じような依頼がきたそうだ」

「答えは一緒さ。ノー、ナイン、ニェット、いいえ、だ」


 断固拒否。彼女はその姿勢を貫く。椅子を蹴飛ばしそうになるのを堪えて、ゆっくりと座り深呼吸。エコーが彼女に近寄ると、剣呑な空気が一層険しくなり、一触即発の様子だった。


「一本くれ」


 怪しみながらも渡して、火をつけてやった。何が起きるのか固唾を飲む二人、いつでも動ける準備だけは整えた。


「やめたんじゃないのか」

「まさか。カナリアがうるさいから隠れて吸っているんだ」


 二人の煙は混ざることなくひりつく空気に溶け込んだ。白いカーテンに包まれながらエコーは言う。


「お前よぅ、誰だ」

「あ? なに言ってんのさ」

「私が知ってるお前は……もっと無鉄砲だし、怠惰だ」

「その通りだよ」

「言えよ。どこが気にくわない」

「言っただろ。死にに行くのはごめんだ」

「やらなければ誰かが死ぬぞ」

「そうだな。戦争やってんだ、死ぬさ」

「リーシアが攻めてくるのを未然の防ぐ意味もあるんだ。勢いを削ぐ」

「……だから? なあタリアさん、本当のことを言ってくれよ。生死とか戦力とか、ましてや雪じゃない、本当のことを」


 エコーは微笑んだ。嘆いても仕方のない無力な自分に呆れた。


「……そうだな。極秘だとかなんとか散々に注意されたが、まあいいか」


 エコーはソファに腰を下ろす。腕組みをして背もたれに体を預けた。


「実はな、とあるいざこざに巻き込まれたんだ」

「ほら、そうじゃなきゃあんたが敗けに首を突っ込むわけがない」

「あんたって呼ぶのはやめなさいよ、隊長でしょ」


 シィは状況を確かめるためにあえて軽く注意した。つとめて平常のように。

 好は煙草をくわえながら、まるでなにもなかったかのように「ああ、悪い」と言った。


「隊長、悪かったよ。シィもアークもね。空気を悪くしちまった。メル! 聞き耳なんかやめてこっちに来なよ!」

「あ、あはは……」


 仮眠室からそっと顔を出すリドリー、そそくさと受付の定位置に座った。


「それで、いざこざってなんなの?」


 アークはまだおどおどしていた。シィの側にすりよる。


「前回の、バーナー中佐が指揮したウエク侵攻のことだ」

「兵を失い、苦しい戦勝報告って聞いたけど、どうなの?」

「その通りだよ。ていうかアーク、なんでシィにくっついてんだよ。私の隣に来いよ」


大きな革のソファに三人が並ぶ。アークは真ん中だが、かなりシィの方、腰が触れあう距離にまで接近している。


「ん、ここがいいんだよ」

「そうよねー。アークは私の方がいいのよねー」

「……タリアさん、続けて」


 八つ当りのように吸い殻を投げ捨てる。エコーは面白がってそれを見ていた。


「くっくっく。ああ、それでだな。懇意にしているオルカってのがいるんだ。軍のギフターで、こう、長くて黒い髪の、しかめっ面の」

思い出したとシィが手を打った。

「オルカ少佐! あの人、いい人ですよねぇ、クールで美人だし、お菓子とかくれるし」

「誰?」


 好tアークの疑問は同時だった。呆れたようにシィは赤毛の上に手を置いた。


「アークはトルコに行く前に、あっちで食べなさいってチョコレート貰ったでしょ。それも二キロ」

「ああ。あの人か。おいしかったよ、あのチョコ」

「私は貰ってないぞ」

「あなたは煙草はあるかとか火はあるかとかしつこく聞いていたでしょ!」

「そんなのみんなに……あ、あいつか。わざわざ買いに行ってくれたやつ。オルカってのか」

「エリザベス・シルヴァ・オルカ。軍のギフターズを指揮する、まあ超のつく実力者だ」

「そのオルカさんがどうしたんですか」

「軍属ギフターの頭だからな。悪口雑言罵詈の嵐らしい。民営ごときに先を越されるな、って」

「へえ、度胸ある上官だぁね。そいつの名前は?」

「落ち着け。あいつは慣れてるし、そんなことを気にする性格でもない。問題は文句を言う上官が、冬のリーシアを知らないってことだ。オルカ少佐以下ギフターが戦果をあげなきゃ解散される。馬鹿を頭に再編成か、そうじゃなきゃ首だ」

「なんでこの時期に」

「オルカの直属上司が焦ってんのさ。無能なジェイソン・マイルズ准将が、手柄欲しさに無茶苦茶を言うんだ」

「で、そいつがうちに依頼を?」

「いいや、マイルズ准将の焦りを笑う糞ったれだよ。ハドソン大佐だ。私が作戦の指揮をし、勝利をもたらしました。ギフターの扱いも上手いでしょう。マイルズ准将の席を下さいなってことだ」


 必勝を信じ出撃したマイルズ准将、ことは成らず、被害のみを生み出して、リーシアは冬の殼に閉じ籠った。こじ開けようと躍起になり、これ幸いとハドソン大佐がしゃしゃり出た。彼の持つギフターをごっそり頂こう。私の方が巧く扱えるぞ。これがあらましだ。


 欲しいものは出世か金か権力か。それともギフターそのものか。戦場ではなく個人の成り上がりのための依頼だった。


「断れば、十中八九オルカたちは死ぬ。つまらない死だ」

「勝手に決闘でもすればいい。僕たちを巻き込まないで欲しいな」

「名前が売れてるのも罪ね。こんな罰があるなんて」

「……事情が事情だ。断っても他の民営ががやるだろう。だが!」


 エコーにはもうやる気になっていた。オルカは友人だし、兵学校から軍人時代までの後輩でもあった。


「やってやろうじゃないか! 足の引っ張りあいに参加してやろう。軍のギフターを助けてやろう。リーシアをぶん殴ってやろう!」

「でも隊長」

「なにだ、アーク」

「オルカ少佐とは別々に配備されちゃったらどうするの? 戦場で離ればなれになったら援護も何もないよ」

「おおっぴらにはできないいざこざだ。交渉の段階で軍ギフターの指揮下にいれてもらう」

「うまくいくんですか? それ」

「だめなら勝手に戦場に出る」

「じゃあ依頼なんて関係ないじゃん」


 エコーは指を振った。気分が乗っている証拠だった。


「正真正銘命懸けだ、ぼったくらないでどうする。やつの財布を水に浮かべてやるのさ」

「……悪くないね」

「まあ、チョコのお姉ちゃんが困るのはよくないね」

「嫌な依頼だけど……多数決をとるまでもないのよね」


 盛り上がるエコーたち、シィは厚い暗雲を振り払うように喧騒へと飛び込んだ。


「はーい! オルカ少佐にはお世話になってるし、私も頑張りまーす!

「ようし! メル、明日にでも馬鹿を呼べ! そこで打ち合わせをする。お前らは各自必要なものをまとめとて書類で提出しろ。解散!」


 それからは早かった。馬鹿と称されたがハドソン大佐はそれなりの軍人ではあった。冬の危険さは頭にあったし、エコーズの要求は可能なかぎり応じると約束した。

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