14話 姉妹の壁

「ユニットの整備が終わらない?」


 シィはアークをアパートに招いた。本拠でチェスをしていたのだが、他のメンバーたちは工房に行ってしまって誰もいない。リドリーが気を利かせて帰宅を促したのだ。


「僕のは終わった。アンヘルもね」


 漆駒うるしごまだけ時間がかかるんだって。アークはそう言ってコーヒーをすする。砂糖もミルクもいれなかった。


「無茶な要望でもしたのかしら」

「カナリアも凝り性だから。それより、どうなの?」


 アークは急にそんなことを言った。勝手を知るアパートである、戸棚からシエスタの代わりにクッキーを持ち出した。


「どうって、なんのこと」

「とぼけないでよ。煙草屋さんとのことさ」


 シィの動揺は異様なほどで、コーヒーにむせ、カップを置く手も震えていた。


「な、なに? 別になにもないんですけど?」

「わかりやすいなぁ。シィってすぐ顔に出るよね」

「歳上をからかうのはやめなさい」

「僕は十四でシィたちは十六でしょ。二つしか違わないよ」

「でもお姉ちゃんには違いないわ」

「ずいぶんと耳が真っ赤なお姉ちゃんだ」

「アーク!」


 必死に耳を隠すシィ、首もそうだと指摘するのはやめておいた。


「で、どうなの? うまくいってるんでしょ」


 同僚としてだよ。そう付け加えられると文句も言えず、


「……それは、そうだけど」


 観念したのかクッキーをかじった。


「エコーズってトルコでも結構知られていてよ。シィは特にね」

「戦意高揚のための、ただの飾りだけどね」

「お飾りにしては凄い大砲じゃないか。ちょうだい」

「撃てるものならどうぞご自由に」


 移動式巨大砲塔はその威力ゆえに反動も尋常ではない。アークの魔法鎧フロウはある程度接近することを前提とし、低反動の連射を得意としている。反動を制御したり、重量級の火器を振り回したりは難しかった。


「ふふ、シィは飾りなんかじゃないよ。それはみんなわかってる」

「……本当は飾りでもいいのよ」


 世界中央のギフターを知名度順に並べれば、まずは彼女が、シィ・ホープセルが筆頭になるだろう。故郷スペインでは英雄と呼ばれている。彼女の影響で民営を第一志望とする見習いギフターが増えたほどだ。


「飾りでもいいの」


 穏やかで芯のある言葉。これこそが本心なのだと、アークは見惚れた。

 エコーズの火薬庫、独り大砲部隊、死出の旅路の迎え火、お化け鉄砲、火の女神、美しき焼却炉。戦場に出る度に増える渾名、それらを霧消させるほどに、自虐を自虐とせず、安いアパートに教会のような神々しさをもたらす彼女、シィ・ホープセルの薄紅色の熱情に魅せられた。


「みんなと一緒なら、なんでもいい。私はできることをするだけ。それだけなのよ」


 伏せたまぶたの裏、そこにあるのは暗闇ではない。


「みんな、か」

「そうよ。アークもタリアさんも、みんな」

「それと」


 シィは手を打って「はい、この話はおしまい」と席を立つ。


「あ、どこに行くの」

「夕飯の準備よ。食べていくでしょ?」


 容姿だけの女ではない。こういうさりげない優しさがアークは好きだった。


「お邪魔じゃなければ」

「よかった。なに食べようか。そうだ、アークの好きなものにしよう」


 風が二人の射手をなでる。直に日は暮れ訪れる夜の淋しさ、だがこの日に限っては出番もないように思われる。


「オムレツがいいな」

「よし。玉ねぎはあるから、卵と、豆と」


 材料を指折り数えるシィ、アークは不思議そうに聞いた。


「豆? スペインではオムレツに豆をいれるの?」

「ああ、違う違う。あの子が好きなのよ。芋とか豆とか、そういうのが。帰ってきたら、多分腹ペコだから、用意だけはしておかなくちゃ」


 歩いて行ける距離にある小さな商店、オズウェル・バートという老人が営む、市場では売れないような規格外のものを仕入れ安く売っている。


「こんばんわ、バートさん」

「シィか。アークも久しぶりだね」

「うん。少し前に帰ってきたんだ」

「晩ごはんの買い物かい」

「そうなの。卵とヒヨコ豆、それとキャベツ」


 店先にあるのは麻袋に入った保存のできるのも、奥には生鮮食品がある。バートは機敏に商品を持ってきた。会計を終えて店先を離れた。


「煙草屋さんによろしく、だってさ」

「ふふ、意外と人気なのよね、あの子」


 ご機嫌だね。そう茶化すのをやめた。


 シィ・ホープセルのたった一つの剥きでた部分に触れることができるのは自分だけで、だからそれをするのもしないのも自分だけが決められる。

 そういう妙な言い訳をして、暮れゆくリンカーフォードの活気の中で、二人だけの帰り道、どこにでも現れる煙を排した帰り道、ティルアーク・エレインは歩幅を縮めて、寂しげな暖かさの中にいた。

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