11話 芋パンと人情

「おかえりアーク! カナリアさん!」


 エコーズ・ギフターズのメンバーであるティルアーク・エレインと専属技師カナリア・ミラーがエコーズ本拠のドアを開けると、すぐさまクラッカーの祝福を受けた。狭い倉庫の内装を替え、オフィスの体をしただけの、いってしまえば彼女たちのたまり場だ。しかしここに依頼の電話が、ファンレターや小包が届くのだ。受付嬢のメル・リドリーは最近の暇をもてあましていただけに、歓迎準備の張りきりようは人一倍だった。


「やあ、ただいま。みんな久しぶり」


 今年で十四になる誰からも愛されるような可愛らしい顔だが徹底的な殲滅を好み、そのため銃は酷使されるので、ミラーと一緒にトルコへ行った。


「あっちはどうだった」

「隊長、どうもなにもひどいもんだね。ギフターは強いし兵士は粘るし、まさか僕が素手で戦うなんて、最悪だったよ」

「カナリアさんもお疲れ様でした」

「ありがとシィ。裏方も大変だったのよ。メルも久しぶり。健やかかしら?」

「もちろん! お二人へのメッセージが沢山届いてますよ」

「ようアーク。活躍したみたいだな」

「僕よりもカナリアの方がすごいよ。現地の技師はみんな彼女に心酔してたからね。おかげでやりやすかった。ありがとカナリア」

「そんなことないわ。言い過ぎよ」

「さあ、積もる話もあるだろう。今日はライカンを貸しきった。朝まで、いいや二十四時間飲み更けようじゃないか」


 商業区画の裏通り、エコーズが贔屓にしている店がライカンだ。世界を旅したという店長のスエルジュ・ミッカーはギフターの武勇伝が好きで、特にエコーズ、シィのファンだった。

 料理と酒は多国籍を極め、世界中央で一番の品揃えと彼はいつも誇らしげに語る。


「そのくせ人気がない。ここで私たち以外を見たことがないぞ」


 居座ること四時間。リドリーはもう飲み潰れていた。


「なに? じゃあ二度と来るなよ? ああ、シィさんはいつでもいらしてください。安くしておくので」

「ずるいぞミッカーさん! なんでシィだけなんだ」

「うるせえ煙草屋。あ、おい赤毛、寿司は箸を使うと格好いいぞ。フォークはいまいち合わないからよ」

「どうやるの?」

「ほら、教えてあげなさいよ」

「私が? いいぜ、皇国の食事はだいたい箸を使うからな。いいか、こう指で挟んで……」


 炊いた米に酢を混ぜる。一口大の樽型に成形し、その上に生魚の切り身を乗せた、皇国にしかない寿司と呼ばれる料理だ。それを箸でつまみ、自ら食した。


「あ! なんで食べちゃうのさ!」

「寿司なんかここでしか食えないんだよ」

「また頼めばいいだろう」

「お米と生魚の組み合わせって不思議よね」

「あらシィ、パエリアも似たようなものじゃない」

「全然違う。火が通ってないだろう」

「タリアに料理を語られてもねぇ。あなた昔から保存食の缶詰ばかり食べてたじゃない」


 料理、缶詰、言葉は連鎖し火花のような輝きを放って、器用に煙草を持つ手で指を弾いた。


「あ、そうだ。パン食べたか? 芋パン」

「なにそれ? カナリア、知ってる?」

「名前だけね」

「ほーらやっぱり! みんなが知ってるわけじゃないのよ!」

「ミッカーさんは知ってるよな」

「あの貧乏臭いやつだろ? レスチルの大好物の」

「どこにでもあるんだよ。それともアドが生み出した奇跡か?」

「ないですよね、ミッカーさん」

「……悪い、シィさん。本当に田舎から都会まで、町のどこかしらにはあるんだ」

「それってどんなやつなの?」


 アークは想像できないといった風に首をかしげた。


 かかった。と大物を逃がすまいとする漁師のように、身振りをつけて好の説明が始まった。


「じゃが芋をだな、こうスライスして、パンに挟むんだ。亜種としては色々、乗せたり別々に食べたりってのがあるんだが」

「ああ、あれかな。フランスから来たギフターが野営地のすみっこで食べてたやつ」

「フランス! おお、美しき華の都! ど、どんな芋パンだった?」

「こ、興奮しないでよ。ほら、火をつけるから一服して。隊長も、睨むのやめて」

「ああ、わかってる……悪いな。で、どんな風にしてた」

「固いパンあるでしょ、長いやつ。シィとかよく食べてるじゃない」

「うん。好きだよ、あれ」

「僕も好き。それでね、長いまま食べやすい大きさに切るんだ。直前に切るんだよ、ギザギザのついたナイフでさ、あれはパンを切るための専用の道具なのかな。それでね、バスケットからパンがはみ出してるの。ちょっと可愛いなぁって思ったよ」

「タリア、イライラしないの」

「すまん。先が気になってな」

「その上にじゃが芋を乗せてた。皇国で米を茹でるやつ、なんていうんだっけ」

「あー……なんだったかな……そうだ、飯ごうだ」

「へえ、そういう名前なんだ。それで芋を茹でて、切って乗せてた」

「塩とか、味付けは?」

「見た感じだとしてなかったと思うけど」

「ふむ。あっちではそれが一般的なのか……?」


 エコーは真剣そのものだった。


「乗せる文化……味付けなし……。芋の厚さは?」

「そこまではわからないよ」

「アークを困らせないの。まったく」

「ここのメニューにはないのかしら」


 カナリアの軽さとは反対に、エコーは酔いからくる血走った目でメニューを確認し始めた。


 芋パンを好む者には悲しいかな、こんなものがメニューにあるわけがないという共通認識がある。だから確認もしないし、貧乏臭いというミッカーの言葉にも「それはそうだ」と素直に頷く。

 しかしそれも愛ゆえのことであり、素晴らしさを分かち合う仲間は欲しい。その味を、奥深さを、多様性を知って欲しいというのが芋パン好きなのだ。


「メニューにはないけど、作れるぜ」

「本当か!」

「いやっほう! やったなシィ!」

「そんなに喜ぶほどなの?」

「私は白身フライと赤を。ローストビーフもお願い。アークも食べるでしょ?」

「うん。あとオチャが飲みたいな」

「フライ、赤ワイン、ロースト、お茶……と」

「おいミッカー! 早く人数分の芋パンを用意しろ!」

「今茹でてんだよ、芋をよ。落ち着けよ隊長殿」

「人数分も要らないと思うけど」

「シィ・ホープセル、この際だから白状するが、私はお前に芋パンを好きになって欲しいんだ」

「そんなこと白状しないでよ」

「カナリアには昔作ってやっただろ」

「マッシュポテトを乾パンにつけて食べるあれのこと?」

「パンは買えなかったからその代用だイングランド出身だからそうしたんだ。」

「乾パンとじゃが芋の味。それ以上でも以下でもなかったわよ」

「そうですよね。私もそう思います」

「おいおい、芋だって潰す工程で粗くも細かくもなるんだ。舌ざわりが全然違うぜ。そこにこだわるのが」

「はい、煙草」

「お、アークは気が利くなぁ」

「それほどでもないよ。ところでカナリア、僕のユニットなんだけど」


 よし。話題が脱線した、いや、本筋に戻ったことをシィとカナリアは確信し、アイコンタクトで喜びを伝えあった。


「ミッカーさん、まだ……もが」

「ほら、あなたのユニットもメンテナンスするんでしょ。お話を聞いておかないと。煙草でも吸いなさいな」

「なんだよ、優しいな。いいことだ……くぁ、悪いね」

「いいってば。それで、アークのがどうしたって?」

「うん、トルコでは防砂仕様だったけど今度はリーシアだから、雪に対応させてほしいんだ」

「あ、それ私も。カナリアさん、いいかしら」

「もちろん。それが私の仕事だもの」

「やった。じゃあアンヘルに追加して欲しいものがあるんですけど」

「シィ、僕が先だよ」

「あらあら、忙しくなりそうね」


 シィもアークも射撃を意識した魔法鎧だが、性質は少し違う。アンヘルは中距離から遠距離を意識したものになっている。

 アークの魔法鎧は「フロウ」と銘打たれ、彼女の赤毛に似た真紅の近中距離型だ。


「できたぞ」


 せっかく話題が移ったのに、ミッカーの声に耳聡い二人がいてはどうしてもうまくいかない。大皿へ適当に盛り付けられた芋パン、シィはため息しかでなかった。


「一枚まるごとのタイプだね。耳つきの食パンで挟むのは点数高い。しかし大分薄いな」

「バターの香りはしない、か。パンの中央がやや膨らんでいるな」


 中を確かめる場合は一度食さなければならないというのが、愛好家たちの暗黙の了解になっている。


「僕は初めてだ。いただきます」


 固唾を飲んで見守る二人をよそに、カナリアは白身魚のフライを楽しんでいた。


「どうだ」


 タリアの眼光はアークの一挙手一投足にまで及ぶ。ギラリと濁った光だ。


「ん、普通においしいよ」

「はっはっは! そうだろう、当然だ」

「でも、ただのサンドイッチじゃない。そんなに盛り上がる、これ?」

「よく言ったわアーク。さあ食べてごらんなさい、そしてもう一度考えて。これはたった二つの食材でしかないってことを」

「言われなくても食べるさ。…………ふむ、なるほど。ミッカーさんの店はこういうタイプか」

「その感じ、なんかムカつくわね」

「潰したじゃが芋を中央に配置したからこの膨らみか。外周には刻んだ芋、塩と胡椒で味付け……ふむ」

「あ、おいしい。へえ、味があるといけるんだ」

「あー懐かしいわぁこの感じ。タリアが作ったのに似てる」

「どうだ。俺の芋パンは」

「亜種ですね。少し都会の風がある」

「私は邪道だと思うがな。刻んだ芋を使うアイディアは素晴しいが、そうするなら潰したものとの併用ではなく統一したほうがいい」

「いちゃもんつけてるのに結構食べるのね」


 シィの嫌みも聞こえないほどの集中力、ひたすらに芋パンの世界へと没頭していた。


「味付けは流石だ。でもこの品の良さが亜種なんだ」

「そうだな。味有り非統一性の耳付き、そして断面なし。亜種の、やはり都会型だ」

「じゃあ田舎に行けアホ」

「む、不味いとは言っていない。ミッカー、お前はこれをどこで食った」

「どこって、旅先で昔な。ギリシャだよ」

「中央の南か。なるほど」


 このままでは帰還祝いが芋パンの会合になってしまう。反芋パン組は目配せをしてアークが軌道修正にかかった。


「そこまでにしようよ。そうだ、僕が今度作ってあげるから」


 獲物を狙う獣のように、二つの顔と四つの目がアークに向けられる。


「……口約束を守れる者だけがこの世界では生きていける。わかっているだろう」


 ギフターの世界であれば金言だったが、芋パンの世界なら、これほどどうでもいい世界もないし、その台詞もどこか滑稽だ。


「う、うん。わかってるから隊長……睨まないでよ。怖いから」

「もちろん、私にも。そうだろ? アーク」

「いいよ。僕にでも簡単に作れそうだし」


 ハイタッチする二人、やたらと上機嫌だ。


「アークは偉いわね。私、しばらくは芋を見るのも嫌よ」

「ふふ、シィも作ってあげたら? 喜ぶわよ、きっと」

「……カナリアさんは甘やかしすぎです」


 夜は更け朝になり、朝が昼になりかける頃、ライカンの明かりは消えた。死屍累々に寝こけているエコーズはもう一滴のアルコールも、一欠片のビスケットも喉を通らないほどに胃を満たした。いつもばか騒ぎに巻き込まれるミッカーだが、この良き友人たちを招くことにわずかな不安もなかった。金払いよく人のいい連中に彼はむしろ進んで場所を提供する。それはミッカーだけでなく、リンカーフォード全域でそうだったし、もっと広くなれば世界中央とはそういう人情のある国だった。

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