6話 準備に余念なし

 慌てて電話を取ったので、声が裏返った。


「わ、わ、はいもしもし」

「エコーだ。もっと早く出ろ」


 夜更かしするんじゃない、と子どもにするような注意を受け、シィは苦笑する。


「す、すいません」

「まあいい、準備は?」

「武装の点検とユニットの駆動確認、物資の不備を補充をすれば完了です」

「そうか。まだ日はある。よく休んでおけよ。それと弾薬を受け取っておいてくれ。あれじゃあ足りないだろ」

「いつものフレッド商店ですか」

「ああ。夜には戻れるから、予定を空けておけよ」

「わかりました。それでは」


 受話器を置き一呼吸。そのままベッドに腰かけ、


「起きなさいよ。夜までに片付けるって決めたでしょ」


 とまだ寝ている好を揺すった。


「ん、くああぁ」


 大きく伸びをして、すぐに煙草を吸った。顔を洗うより用を足すより、歯ブラシを取りに行く間でさえ我慢できない。彼女はこれをしなければ覚醒しない。

 長い黒髪は櫛でとかす必要もないほどさらりととなびき、寝癖もなかった。


「なんで身だしなみに気を使わないくせにそうなのよ」


 洗面所に向かうシィを横目に少女はドアポストから玄関に落ちた新聞を拾う。


「お手柄ギフター、ねぇ」


 トルコ軍を返り討ちにした記事が一面を飾っていて、モノクロ写真には同僚がピースサインで写っている。まだ幼い顔がはにかんでいた。


「アークのやつ、目立ってるなあ」

「ねえ、新しい石鹸ってどこだっけ」

「上から二番目の引き出し」

「ああ、あった」


 新聞は軍事政治経済それにゴシップと様々なジャンルで彩られ、そのなかにリーシアの記事があった。


「戦力比で劣るリーシアは民間ギフターを大量投入……? ホントかな」

「なに? 面白い記事でもあった?」


 顔を洗い終えたシィがコーヒーを淹れる。コップは二つ。灰皿に煙草を突っ込んだ。


「リーシアがギフターを増やすって」

「へえ。ぼったくられそうね」


 相手の懐と足もとを見るということは商売人の、民営にとっても鉄則であり、不利につくのであればそれだけ報酬を欲するものだ。


「軍備が足りないからギフターに頼む、すると今度は金がなくなる。そうすると軍備も減ってくる。悪循環だ」

「まあ勝てば国債も売れるだろうし、それ込みじゃないの? そうじゃなくても中央は敵が多いから、よそからの金銭援助は結構あると思うけどね」

「どこもいっぱいいっぱいだろうよ。目をつけられても嫌だろうし」

「勝馬に乗りたい国ばかりじゃないかもよ」


 シィは支度を済ませると「着替えなさい」と好を急がせた。寝巻きである淡い青のシャツを脱ぎ捨て、拾って洗濯かごに入れるのはシィだ。


「どうせ前日にも直前にもするのに」

「当たり前じゃない。不備があったら困るのは自分よ?」

「そうだけどさ。で、今日は何すんの?」

「フレッドさんのところで弾を受け取って、そこで試射。それと隊長が夜の予定を空けておけって」

「ああ、飯でも食うのかな。そうだ、昨日のあそこ良かったな」


 クロックハウスというレストランは深夜を過ぎても営業をしている店で、居住区画と商業区画の境目にある。そこで腹を満たし喉を潤し、それはわずか数時間前のことだった。


「でしょ? 今度はみんなで行こうよ」

「そうだな。あの隣の席のやつが食ってたステーキなんかメルが好きそうだ」

「バターのやつでしょ? 私も食べたかったけど、お腹一杯だったし、それに」

「太らねえよあのくらいじゃあ」

「別にそんなこと言ってませんけど!」


 フレッド商店は商業区画の西側にあるギフターご用達の武器店だ。安くて欠陥品が少ないが、店主フレッドは軍が嫌いらしく、卸していない。軍はまとめて注文するため客としては太いが彼は世界中央では珍しく軍を排した営業をしているので、その度胸を好むギフターらが集まるのだ。


「いらっしゃい。おう、エコーズか」


 小柄な老人だが日焼けした肌と太い腕が彼の容姿を若々しくさせている。


「どうも。弾を買いにきたの」

「そうだろうな」

「他のギフターは来てんのかい」


 フレッドは注文した弾を梱包しながら「ぼちぼちだな」と言った。


「お仲間からも注文が入ってるよ。お前らのとこの、赤毛のおチビ」

「アークでしょ」

「そうだ。あのヤロ、うちなんか大した店でもねえのにまったく」

「そんなことを言うわりには嬉しそうじゃない」

「馬鹿、さっさと持ってけ」


 一介の武器店では製造不可能なほどの弾薬注文でも彼はやる。出所は不明だがそんなことはどうでもよかった。


「占めて二万発。太い客だよまったく」

「ありがとうフレッドさん。またよろしく」

「請求は軍からにしておくか?」


 とフレッドは朗らかに笑った。


「できるならそうしたいけどな。エコーズで頼むよ」

「試射もしたいんだけど」

「地下を使え。二十発まではサービスだ」

「ありがと」


 店の裏に回り地下へ続く階段を降りると縦長の射撃場がある。奥には棒にくくりつけられた空き缶が立っていて、あまりに簡易的ではあったが、動作の確認をするだけなので不備はそれほどなかった。

 支給品の自動小銃が三丁、どれも異状はなかった。癖はなく、威力は低いが連射しても反動が少ない。


「こんなもんかな。シィ、いいよ」

「わかった。それじゃあ帰ろうか」


 ついでにと二人の個人所有の武器点検も済ませた。弾のサイズが違っても、フレッドは気前はよく試射分を用意してくれた。


「アークのお嬢ちゃんに伝えろ。いちいち人なんか来させるなって」


 帰り際、そう言う彼だが表情は明るい。


「自分で来るようにって伝えるよ」


 バレバレね。アパートで荷物を準備している最中にシィは言った。


「アークのこと気に入ってるのがさ」

「無理な頼みでも聞いてくれるからな。アークじゃなくてもそうするかもな」

「もしかしてトルコでもあそこの弾しか使ってなかったりして」

「はは、あいつは弾丸ならば撃ち尽くさなきゃならんって使命感に燃えてるんだぜ? 我慢できなくて届く前に輸送車を襲っちまうよ」

「ふふ。あり得そう」


 足りないものを買いに、余ったものを仕分け、早々とリーシア戦の備えを終わらせると二人は一休みしてエコーを待った。

 エコーはこの部屋の隣に住んでいる。というよりも、エコーズ・ギフターズの連中しかこのアパートには住んでいない。今は三人だが、総数十数名の、民営であれば並み程度の人数だ。


「いるか」


 ノックが三回。エコーだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る