5話 会議と綺麗事
「リーシア帝国領西部一帯が戦場となる。私たちはまずウエク陥落を目標に動く」
リーシア侵攻を決めた数日後、エコーズの面々と、それを指揮下におく世界中央陸軍第一歩兵連隊長のバーナー中佐と副官数名、参謀のロレック中尉の同席のもと、地図を広げながらの会議に没頭している。
場所は中央本部の作戦室で、通常ならば民営ギフターには縁のない場所であるが、エコーが元軍人であるために合同で行っている。
「西部をとるのならば、ウエクをとらねばならん。各々全力をもってあたるように」
ウエクはリーシア西部でも指折りの要塞である。囲まれた高い城壁はコンクリートを何層にも重ねたもので、そこに物見台や機銃台が組まれている。哨戒にまで民営のギフターを使うその防衛意識の高さはリーシアもこの場所を重要だと考えているという証であり、ウエクというのはリーシア帝国の、世界中央に対する最初の防衛ラインでもあった。
「ギフターも複数確認されている」
進行役のロレックがスライドに写したのはリーシアのギフターたちの写真だ。どれも履歴書に添付されたもののようで、気難しい顔をしている。
「フィーリア・ローウェル少尉。アナスタシア・ワルワヤ・サルコウスカヤ曹長。リッター・クライブ中尉。それに民営から何名かのギフターズが参戦している。これらは、エコーズに相手をしてもらいたい」
大火力をいっぺんに叩き込めばギフターでも死ぬ。
「私たちの戦力はここにいるだけが全てだ。さらに、私は後方から指示しなくてはならないため、事実上二人しか戦闘には参加できない。相手にできても三、四人だ」
エコーは臆することなく事実を告げる。
「それでいい。空軍からも別隊が来る。あなた方は前線を上げてくれればいい」
「限度はある。不死身の、補給のいらない駒として運用されては困る」
エコーはそれを嫌った。軍人はギフターを戦略上の兵器として考える場合があり、それを容易に行動に移す。補給のないエリアに向かわせ相手に被害が出れば御の字という運用すら実行する。
「そうするのであれば、なにも私のところに組み込んだりはしない。そこは心配しないで欲しい」
大きな体躯、野太い声。バーナー中佐はギフターに理解のある人物で、エコーを贔屓にする好漢だった。
「信じるぞバーナー中佐」
「お前らも手抜きをするなよ」
エコーは小さく笑った。彼女の笑みには上品さがあった。
その後ロレックが作戦詳細を告げ解散となった。決行は二週間後だった。
「支給されたものはリストと照らし合わせておけ。ユニットの整備もやってくれるそうだから二人は今から軽くみてもらってこい」
会議が終わると一気に慌ただしくなった。戦争はその準備段階に不備があるとたちまち崩壊してしまうために、余念のないようにと必死になる。
ユニットはギフターがギフターとして戦うための武装である。普段は個人の異空間倉庫に収納され、そこから魔力によって顕現させ装着する。破壊されれば修理をする必要があり、そこは通常兵器と同じである。
「あの弾痕、直しておけよ。些細な傷でもそこから壊れるからな」
エコーに指示され整備に向かう二人。戦車やトラックのある車庫に併設された整備場は油と汗の臭いが充満している。
「相変わらずの活気だぁね」
「しょうがないって」
ユニットの整備は通常兵器とは異なる技術がいる。魔法でしか修復できず、そのため引退したギフターは整備士になるものも多い。
機械整備部の魔力整備課へは車庫の奥にあって、二人は臭気の中を進むしかない。シィは外部やメディアの露出が多いため、注目の的となりサインまで求められた。
「露出が多いと大変ね」
「私はなにもなかったぜ」
「いいじゃない、楽で」
「……まあね」
ギフターには専属のユニット技師がいる。民営にももちろんいるが、エコーズ・ギフターズの技師はトルコへと出向していている。そのためエコーの友人である技師が対応してくれた。
「こんちはサフォールさん」
「あら。待ってたのよ。シィもね」
ロナ・サフォール少尉はおっとりと手を振る。小柄だが、エコーの先輩にあたる。階級は少佐だ。
「こんにちは。早速で悪いけど、みてもらっていいかしら」
「いいですとも。さ、こっちへ」
ごちゃごちゃした機械と紙の束。整頓とは無縁の部屋、しかし五メートル四方の台にはそこだけものが一切ない。
「乗って、出して」
台の中心でユニットを出した。着脱も出し入れも本人の意思で行うので、こうした検査はスムーズである。手甲、脚甲、胸甲、そしてクルトー戦では使用されていない頬当てが、ひとつづつサフォールのもとで検分されていく。
「武器も出してちょうだい」
「最近使ってないけど」
「チェックはしておくものなの。プロに任せなさい」
小一時間で整備は終わった。サフォールはあくまでも仮のチェックだけで、一応異常なしとすると後はお抱えの整備士にメンテナンスを任せるよう二人に伝えた。
アパートには支給された荷物が届いていて、リストとの確認を終えるころには深夜を越え、翌日になっていた。灰皿から溢れた煙草の吸殻が床にこぼれている。
「これで全部ね。一週間ぶんの食糧、ねえ、キャンプ用の寝具が天幕じゃないのはなんでかしら」
「雪が降ったら潰れちゃうからだろ」
「あ、確かにそうね。それと、小銃の弾薬が一日千発計算なのはどうかと思う」
「それでも結構ふんだくった方だ」
本来であれば支給というものはされず、これはエコーが勝ち取った、少量ながらの戦果だった。
弾の規格は統一されていたので、シィは律儀に梱包を広げて弾数を数えた。
「あっちにだって都合はあるでしょうし、うちにだって蓄えはあるからいいけど……ねえ」
「ん? なに」
「手伝いなさいよ」
ベッドに横になり雑誌を読んでいる無精さに苛ついて、シィはくわえ煙草を引ったくり、火を消す。
「あっ、つけたばっかりなのに」
「まだ荷物はあるの。朝までに終わらせようって決めたのに、サボるんじゃない」
「休憩してただけ。あとどれくらい残ってるんだ」
「銃の動作確認とユニットの駆動テスト。足りない武装の補充もある」
「今からじゃ厳しいよ、明日にしようよ」
「……それに」
まだあるのか。たじろぐ友人の手を取りシィは頬笑む。
「晩御飯。遅くまで開いてるところ知ってるんだ」
ああ、だからこいつには甘えてしまう。少女はポケットに財布と煙草を突っ込んだ。
「煙草が吸える店じゃなきゃヤだぜ」
「吸えるってば。あなたの好きなジャガイモのミンチを揚げたやつ、なんだっけ」
「コロッケだよ。スペインでいうクロケタだ」
「それだ。あれもあったよ、皇国の、なんとかって芋の料理」
二人は部屋着の上からコートを着た。世界中央は冬に入ろうとしている。
「肉と芋を煮たやつ」
「ああ、肉じゃがだな多分。何料理屋なんだそこは」
外気は冷たい。雪のように紅葉がひらひらと降った。
「さあね。いいじゃない、美味しければ」
シィはご機嫌にくるりと回ってみせた。煙草の煙越しでも彼女は美しく、遮るもののない月光は、まるでスポットライトのようだった。
「これさえあれば」
指でつまんだ煙草、それを彼女に向ける。
「どこでもいいさ。世界の果てで泥を食ったって」
「なによ、それ。へんなの」
「変じゃないさ。大事なもんがあればどこに居たって幸せってのは、奇麗事だからこそ、ロマンチックだからこそ、こんなに胸を熱くさせるんだ」
「もういいってば。早く行きましょうよ」
「あっ、道案内が先走ってどうする! 置いていくな!」
おいかけっこに興じ、二人は店での飲み食いを終えた。アパートに戻って一休みすると、目覚めたときには昼を過ぎていて、シィは鳴り止まない電話にベッドで跳ねた。
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