4話 仕事と生活

 リンカーフォードは世界中央の第三の都市である。世界中の情報、文化、流行、政治の発信元であるといってはばからない国の動脈だ。背の高いビルに詰め込まれたあらゆる企業が肉ならば、地下のインフラパイプは血流である。生き生きと血の代わりに汚水や電気を滞りなく走らせている。


 政府は軍事国家の典型のような悲惨な内政法治をせず、治安や法を守るよう環境をしっかりと整えているからこそ、そこには他国への体面というのもあるだろうが、若い国民の戦争への意識も高い。徴兵に応じる者はギフターズとお近づきになりたいがためだけでなく頭から勝利を信じきっていた。


リンカーフォードは居住区画、商業区画などの、いくつかに分類されたブロックに分けられていて、彼女たちの住んでいるアパートから軍の本部まではバスが出ている。区画を一週する環状の路線は市民の便利な足として利用され、少女もそれにのった。

 揺られること三十分。世界中央軍前で降りた。

 周囲をバリケードで囲み、監視塔が等間隔にならんでいる。正門には小銃を肩にさげた軍人が入場者のチェックをしている。


「エコーズ・ギフターズのタリア・エコーに呼ばれたんですけど、彼女は」


 ギフターズの関係者に少し興奮している警備の軍人は、先程出ていかれましたと緊張を隠せないまま言った。


「行き先とか知らない?」

「も、申し訳ありません! 自分は何も聞かされておりません」


 彼の必要以上の畏まり方に好は身震いして「あ、あの電話借りてもいい?」とそっと聞いてみた。


「光栄です!」


 意味はわからなかったが快く貸してくれたので、恐縮しながらも詰所に案内してもらいエコーの番号にかけた。

 数度のコールの後で、のんびりとした声がする。


「エコーだ」

「どこっすか。軍に来いって言ったじゃないですか」

「ああ、腹がへったから、そこから見えるだろ、喫茶店で飯を食っている」


 と悪びれもしない。「ああ、そうですか」と電話を切った。


 軍の本部から歩いて五分にある喫茶店キハタ。軍の敷地内にある飲食店に比べてキハタはだいぶ洒落ている。リンカーフォードの街並みは石造りも多いが、それに見事に融和した白い木造である。メニューは少ないが量と味は抜群によく、休日は軍人で賑わう。軍人が住む寮舎は休日に飯が出なかった。

 エコーはその窓際の奥の席でサンドイッチとコーヒーを頼んでいた。


「待ち合わせもできないんすか?」


 好はいやみたっぷりに言ったが、エコーは気にする様子もなくコーヒーをすする。

 赤毛のポニーテールと、軍をやめたときに持ち出した型落ちのジャケットがトレードマークになっている。劣化して砕ける寸前の勲章を忍ばせていたりと、軍ヘの愛着がないでもないらしいが、彼女は常にどこか影のある雰囲気をまとっている。

 それが関係しているわけでもないが、


「朝飯を抜いたから」


 と、正答のようなそうでないような返事をする。好はため息で流した。


「……で、用件は」

「お前、飯は」


 自分ありきで物事を進めるのがエコーであり、気になったから聞いたのだし、それが落着しなければ進まない。


「……おごりなら、食う」


 エコーはよしと注文をした。


「クルトー、ご苦労だったな」


 運ばれてきたサンドイッチは数センチ幅の食パンを半分にわってハムとレタスを挟んだ簡単なものだった。具はこぼれそうなほどで、しかも厚い。


「別に。もしかして報告書さぼったから呼んだの?」

「違う。お前のは字が汚いし要点を得ないからうまく騙してこれからもシィに書かせろ」

「隊長がそれでいいのかよ」


 叱られるとは思っていなかったが、許可されるとも思わなかった。だが、そういうところで面倒がなかった。シィにしてみれば雑務が増えるだけではあったが。


「お偉方、喜んでいたぞ。ボンボンの扱いには困っていたらしい」

「ハーベイ少尉だっけ?」

「そんな名前だったな。クルトーは要所の一つだ。見張らしはいいし、土壌も悪くない。大きな陣地を築けばあの辺りは落ち着く」

「じゃあ進軍すんの?」

「ああ。現在ヨーディ村を城塞化している。完成次第リーシアの西端を侵す」

「今度はその手伝いか」

「そうだけど。んー」


 サンドイッチをたいらげたエコーは難しい顔で好を睨んだ。とはいえそういう意思表示なのではなく、切れ長の眼は自然に睨むような形になってしまう。


「南部では今もギフターズへの要請が続いている。あそこはトルコに大きく踏み込んでいるからな」


 世界中央の南部には小国が多く、そのため近隣で同盟を組んでいる。中央と接しているトルコは多くのギフターを雇いいれ、徹底抗戦を続けている。


「他の連中はみんな出払っている。ここには私とシィとお前しかいない。どうしようかと考えているんだが」

「アークのやつがエイザーサウスにいるだろ。トルコからも近いし、呼び戻せばいいじゃん」


 世界中央領の南東、エイザーサウスは他国へと細く突き出ている。金鉱山を欲するあまり奥へ奥へと進むうちにそういうふうになった。当然四方を囲まれる地形であるが、世界中央は軍も民営も関係なくかき集めたギフターを配置し、一進一退、戦闘と輸送ルートの確保で毎日が激戦だった。


「そうはいかない。あそこの金鉱からも私たちの手当が多少なりまかなわれているだぞ」

「気分が乗らないよ。リーシアは寒いし、トルコは暑い。どっちも断ったら?」

「お前の煙草代だってばかにならないだろ」


 彼女にとってそれは急所である。煙草を人質に取られると、一心不乱に働くほどである。


「……どっちのがうまいんだ」

「それはリーシア侵攻だ。軍の第一目標だからな。トルコは現地の司令部からの依頼だからそれほどうまくない」

「どっちが危険?」

「両方だ。ただ、トルコは多国籍軍が多い。現地の軍人じゃなければそれほど固執した戦いはしないだろう」


 何かあればすぐに逃げ出す。一枚岩でないのであればそれは当然だった。


「シィにはなんて言ってんの」

「トルコに行くかもしれないとだけ。乗り気ではなかったけど」

「じゃあリーシアにしよう。金もいいんだろ」

「ああ。じゃあそうするか」


 エコーは立ち上がって二人分の会計を済ませた。喫茶店からまたエコーは軍に話をつけに、好はアパートに戻った。


「お帰り」

「ただいま。今度はリーシアだって」


 帰るなり、そう言った。


「あ、そう。トルコ行きはなくなったのね」


 好はすぐに煙草を吸った。外聞があるため外では控えろとエコーに言われている。深く吸い込むと独特の苦味が広がり、ゆっくりと煙を吐き出すと思わず笑みがこぼれる。


(ギフターがヤニ吸って何が悪いんだっつーの)


 悪態は心中だけにとどめた。シィが噛みついてくることを経験上知っていたから。


「リーシアかぁ。あっちの言葉わからないのよね」


 世界中央は元は欧州と呼ばれた諸国をひと纏めにした国で、複数の言語が残っている。残っているというよりは、残した。言語や宗教の統一をすると暴動の原因になる恐れがあった。

 一応はそれら言語の文法や単語を組み合わせた中央語をつくったにはつくった。現在は公用語としてそれが使用されている。

 軍人はみなこれを習得し、民間の彼女たちはこの中央語と地域語、つまり産まれた場所の言語ができた。


「お前はスペインだもんな」

「あなただって皇国でしょ」


 皇国とは、正しくは#秀真__ほつま__#皇国という。世界中央からほとんど地球の裏側に位置する島国である。

 二人は中央語で会話しているが、扱える言語が増えれば仕事もしやすいというエコーの教えに則り、シィは皇国語を少しずつ勉強している。だが上達はしておらず、挨拶程度にしかわからない。


「私はリーシア語もできるよ。ていうか中央のどこにいったって現地の言葉が使えるし」

「廃業しても翻訳家で食えるわね」

「あはは。言えてる」


 小さなベッドが一つ。家賃の安いアパート。広くもない部屋で新聞を読みながらコーヒーを飲む。仕事に文字どおり命を懸ける。金があれば外に出て遊ぶ。

 こんな生活が民間ギフターの代表的なものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る