3話 同僚で友人、それに
コラム:世界中央
世界中央はその名の通り経済、軍事、産業において世界のトップであり、わずか歴史は浅いが発展目覚ましく、貪欲に軍事力をもって領地を得ていく様は他国にとってこれ以上ない驚異である。
侵略行為の熱は未だ冷めず、現在は治安維持部隊という名目の侵攻部隊を各所に置いて、他は東に隣接するリーシア帝国との戦いに備えていた。
戦争に備えるというのは、金や物、そして人。過去、世界中央がそう呼ばれていない時代であればそれが一般的であった。
だが、現在戦場を仕切るのはギフターである。
コラム:ギフター
ギフターが最初に現れたのも世界中央である。世界中央領ドイツ出身のヴェイン・ローレライだ。
彼女は内戦に巻き込まれ生家を失い、その過程で力を発現させ、当時十歳のローレライは魔力の発露だけで百名を有する大隊を壊滅させた。
すぐさまこの超常の研究が行われ、およそ非人道的なこともあっただろうが資料はない。
ただ成果はあった。ロナウドを助けたあの少女が用いていたユニットやシールドが、研究の果ての成果である。
コラム:ギフターの成り立ち
ローレライの出現は春の芽生えの先駆けに過ぎず、各国で魔法を使える子どもたちが現れた。すなわち、ローレライと同じ力である。
赤ん坊に鉛筆を握らせ、折ることができれば素質があるとされた。世界中央のその程度の情報ですら各国はこぞって求めた。
そういった発端、初期の情報、侵略意思がこの国の大国意識を助長させ、また他国は協力と敵対の水をやって、現在の世界中央ができあがった。
コラム:民営ギフター
現在、どの国も軍事力を求めている。魔法を扱えるものはその的となり、ギフターが日を追うごとに増えていく。
ローレライのような奇跡の少女を増やせば戦争が楽になると誰もが思ったが、当然ギフターも人間で、個々の才能や能力には差がある。単独で戦えば通常兵器や一般軍人にも負ける。重火器で圧しきることもできた。
「ギフターは万能ではない」
この考えは軍の上層部よりも前線に立つ兵士たちによって急速に伝播していき、ギフターを戦争に投入してから一年も経たず国や組織が動いた。目的は確保と育成である。他国よりも先に魔力があるだけの少女から戦士として鍛えあげなければならなかった。
学校を用意し、幼いうちから教育が施された。当時はどこの教育施設も民間にあり国営は少なく、ギフターもそうしたところで学んでいたが、権力者は戦争の革命足る彼女たちを手元に置きたく、国営や軍営の学校を創設した。しかし民衆からギフターは軍の道具ではないという反発運動が起き、さらに世界中央から波及したものだから、広い情報網があだとなり抗議が殺到した。
こうした事情から、ギフターは民衆に寄り添い、軍に協力しながらも民営で活動する連中も一定数いて、
「新聞見たか? これ私のことだぜ。部隊を救う女神だって」
と、同僚に報告するヨーディで活躍したあのギフター、春川好も民営なのだった。
昨日のロナウド曹長たちを助けたことが新聞の一面を飾っている。
世界中央の首都リンカーフォード。これは中央領ドイツ地域の中心地であり、その居住区、レンガ造りの美しい赤茶色の街並みの一角に六階建てアパートがある。
201号室、2LDKの一室に好は友人兼同僚と住んでいる。
煙草の灰を無造作に落としながらの声かけはいつものことで、床にはいくつも焦げたあとがあった。
「見たけど、本当にあなたなの? 名前も写真もないし」
同僚は、これも少女だ。ベッドに腰掛け物憂げに、煙草をくわえる友人を眺めている。腰まで伸びた金髪が華奢な体を隠すようにふわりと揺れ、碧眼に寄り添う細い眉を疑いに曲げて新聞を受け取った。
「こんなのあなかたかどうかわからないじゃない」
「写真は嫌いだ。それに名乗らなかったから仕方がない。でもお前のところにも連絡いっただろ? 駄目だったから私がやったんじゃないか」
「ちょうど寝ていたの」
「緩すぎるぜ、シィ・ホープセル」
シィはベッドから立ちあがり、恨みがましく言う。
「その二十分まで前線にいたの。煙草を吸えば元気になるあなたより、少しばかり軟弱なものですから」
「あーはいはい。じゃあしょうがないね。だからそんなに詰め寄るな。火傷するぜ」
煙草の火種を横に向けた。頭突きでもされそうなほど迫られ、少女は話題を変えた。
「そう言えば隊長は?」
苦し紛れの方向転換だがシィはそれに乗る。決して無理に相部屋にされているのではなかった。
「軍まで昨日の報告をしに行ってるわ。誰かさんったら、帰るなり疲れたなんて言って私に報告書を放ってしまうんだもの」
「あは、あはは……」
その本人としては笑ってごまかすしかなかった。
「でも私は優しいから、報告書の名前はシィ・ホープセルとはしなかったわ。自らの手柄にできたのかもしれないのにねに」
追撃のいやみにまだ続きそうな気配を察知するも、どうすることもできない。引きつった苦笑のその頬を、シィは軽くつねった。
「その私に向かって緩すぎるって? やっぱりエースは違うわね。いい根性、いい度胸よ」
「わかった。謝るよ。私が悪かった。な、勘弁してくれ」
シィはしてやったりといった顔をして、
「それでいいのよ」
と胸を張った。すらりとした手足は何をしてもさまになる。スタイルのいい彼女は戦意高揚という名目で写真集まで出ていて、名前も顔も売れているギフターだった。
「隊長、大丈夫かな」
紅葉の絨毯に犬が一匹、秋真っ盛りの十月である。掃き掃除はしても終らず並木を恨む主婦たちには戦争の行方などどうでもよく、今晩のおかずについて議論していた。
「蒸し返すなよ」
「違うわよ。最近忙しいし、お疲れなんじゃないかってこと」
民営ギフターはほぼ徒党を組んで、小隊から中隊程度の人数でコミュニティを形成している。
軍はそれを兵器としてだけでなく、脚光を浴びせ徴兵や戦意高揚に利用する。対価としてギフターズは金と名声を貰うという相互を成していた。
「タリアさんがそんなたまかよ」
「そうだけど、心配じゃない」
エコーズ・ギフターズ。それがシィたちの所属する民営部隊だった。
タリア・エコーはその隊長である。ぶっきらぼうだが竹を割ったような性格で部下の信頼はあつく、そのおかげで敬愛しているからこその不敬があった。
今回の報告書だって筆跡を見ればすぐわかる。シィは悪筆の友人には似せず自らのきれいな文字で、ことさらきれいに仕上げたのだから。ばれたってかまわないという信頼があってのことだった。
エコーは元軍人だったが、命令ばかりの生活より自由で保証のない民営を選んだ。そういう豪気さからか、優秀だがひねくれた連中が集まり、エコーズ・ギフターズは戦争の助っ人として目覚ましい活躍をしていた。
「あんたも自重しなさいよ」
「してるさ。私がしないで誰がする」
「こいつ……」
馬鹿話をしていると電話が鳴る。シィはすぐに受話器を取った。
「あ、隊長。お疲れ様です。ええ、はあ、いますけど」
目配せと小さな手招きに好は少し怯えた様子である。過去、いいことがなかったのだろう。
「私? やな予感」
受話器を受け取って耳に当て、
「どーも」
「私だ。エコーだ。今すぐ軍本部に来い」
叩きつけられて切断された会話に、閉口した。
「なんかポカやったかな」
「隊長、なんだって?」
「今すぐ来いって。軍本部に」
「そう、早く行ってきなさいよ」
「お前はどうする」
シィはベッドに横になって「いってらっしゃい」とあくびをした。その辺がゆるいんだ、とは言えなかった。言えばまた説教を食らうだろう、これからそれをされにいくかもしれないのに。好はいってきますと卑屈なくらい静かに家を出た。
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