2話 鮮やかな非礼

 流れる景色のただ一点、少女は真正面だけを見つめながらひた走る。脚甲の側部と底面の車輪を目一杯に回し、雨の溜まった泥道でも構わずに加速し続けた。


 ものの十数分でその惨憺たる現場が見えてくる。相手は大隊規模、百を越える部隊だった。ヨーディ村は破壊と略奪の済んだ遮蔽物のある平地と成り果て、かろうじて村を囲む杭がまばらに残り、それがまた無残さを際立てている。


「もうすぐギフターが来る! それまで持ちこたえろ!」


 若いロナウド曹長は叫んだ。即席の塹壕に隠れながら残弾少ない小銃の中身をばらまきながら。


 先程に救援要請だけが頼りである。早急な到着を願い部下を鼓舞し、また己を奮い立たせた。


「糞ったれのジョン・ハーベイ少尉殿! 見てるか、あんたのしたかったことはこれか!」


 彼らは世界中央軍の東方司令部に所属する第七歩兵連隊の、元ハーベイ中隊だ。

 小隊は五、六名から成り、中隊は十数名で構成されるが、ハーベイは自分の部隊と募った有志数十名をまとめ、この大所帯を牽引し、真っ先に死んだ。


 ハーベイの副官として尻拭いをしていたロナウドにはこうなることは半ばわかっていた。名家の次男坊が威張り散らす部隊というのは終わり方もたかが知れている。危惧はあったが、もう全てが遅かった。


 泥が詰まっても暴発しない中央製の自動小銃は弾切れで沈黙し、彼にはもうレーイッド社が製造したハンドガンRe-41のただ一発の8ミリ弾しかない。

 これで楽になれる。思考のノイズともいうべき逡巡の刹那、わずか数メートルのところにいたケビン・ソート二等兵に降ってきた20センチ砲の砲弾が炸裂した。彼は消し飛び、ロナウドは塹壕に伏せていたが、衝撃で嘔吐し、背中をひどく痛めた。両耳がキンと鳴って、動けない。

 引き金も引けないのか。声にならない声で呟く。


「曹長! 曹長!」


 匍匐してきた兵卒は血相を変えている。それは誰もがそうなのだが、彼だけはわずかに頬を上気させていた。


「ああ、大丈夫。お前はどうだ」

「見てください! あれを……ギフターです!」


 猛烈な速度で敵に突っ込んでいく人影。肥大した手足のシルエット、シールドと銃弾がぶつかる際の火花。

 痛みも忘れ双眼鏡を覗くと敵兵士の顔までくっきりと見えた。それは寸前までの自分である。絶望と怒りが顔中を染め上げ、なぜ俺がこんな目に遭うのだと、砲声の止んだ敵陣地にはそういった面々が並び、壊され、やがて完全に無音となった。


「た、助かったのか」


 双眼鏡から顔を外し、肉眼で確認しても状況はもう変化しない。不思議な静けさに包まれたクルトーの、荒れたヨーディ村があるだけだ。

 人影は幼く、ガリガリと車輪の音と一緒に近づいて来る。若いギフターがやって来る。


 生き残った十八名の元ハーベイ中隊は握りしめていた武器を無意識に落とした。手の平を額まで持っていくのが彼らの敬礼で、それを号令なくも整然とやって出迎えた。


 自分たちを救った少女はユニットを解除して、おもむろ煙草に火をつける。その態度は非礼とされてもおかしくはなかったが、助けられたばかりの彼らにはむしろ驚くほど鮮やかに映った。


「救援に感謝いたします。私はテッド・ロナウド。あなたがいなければ全滅は免れなかった。本当に……」


 彼は涙を流し、隊員たちも嗚咽した。さめざめと命のあることに、そしてギフターの偉大さに感激していた。


「泣くなよ、大の男が。それに感謝もなしだ。私もあんたらもできることをしただけ。そうだろう?」


 吸うやついるか。返答を待たず彼女は煙草を一箱ずつそれぞれに渡した。足りなかったので、自分の分も渡した。


「一服でもして落ち着こうよ。疲れたろ、酒はないがコーヒーがある」


 収納箱から水筒を出して回し飲みさせ、


「迎えは呼んであるから、ちょっと待機ね。周囲に敵無し。ここは世界で一番の安全地帯さ」


 彼女の言う通り二十分後にはトラックが何台も迎えに来て、陣地構築の兵士や兵站の補給まで揃った。本当にここが安全である証拠だった。


「ギフター、私たちはあなたを忘れない」


 少女が乗り込んだのはウェール社の四駆自動車で、世界中央軍でもその頑丈さを認め採用している。彼女は助手席から顔を出し、


「お疲れさん」


 と一度手をふった。間もなく発進し、ロナウドらはギフターの乗り込んだ車が地平線に消えるまでその方向に敬礼していた。

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