ギフターズ・ワルツ

しえり

1話 戦いの中へ

 止まない地鳴り。体を揺すぶり頭を痺れさせる砲声。耳鳴りのような歩兵の絶叫が情動を抑制し、そしてインカムからの指示はうんざりするほど面倒だった。


「前線で孤立したやつらの救出だぁ?」


 少女は煤だらけの天幕で、下着のまま仰向けになって煙を吐く。吸殻が粘土質の地面に無数に捨てられていた。


 彼女は、春川はるかわこのみは青い瞳でそれらを眺め、木箱を並べただけのベッドから垂れる髪を纏めた。


 ここはかつての欧州一帯「世界中央」の東側。隣国のリーシア帝国との国境付近クルトーと呼ばれる田舎だ。三年続く戦争のただ一局にうんざりしつつ、彼女はまた煙草に火をつける。


 家具衣類やグラス、煙草の箱と拳銃、薬なのか色のついた水で満たされる小ビン。娯楽にはトランプがある。狭い天幕の生活感は僅かな滞在期間でないことと、彼女が重度の喫煙者であることが伺える。


「なんで私が。え、一番近いから? 冗談じゃない。何に一番近いって、お星さまにってことかい」

『つべこべ言わず早く行け。うちは雇われなんだぞ』


 耳が痛いほど怒鳴られ好はしぶしぶ準備を始めた。


「あー、貧乏くじばっかりだよ。まあ、それが仕事っちゃあ仕事だけども」


 積もった衣類の山から一枚を引っこ抜く。それは土がこびりついたシャツで、ベッドに放った。なるべく綺麗な別の、ほとんどが汚れてはいたが、その中でもましなやつを選んだ。


「突っ込み過ぎればそうなるって、考えればわかるだろう。素晴らしきかな中央軍、命知らずばっかりだ」


 濃紺を基調としたズボンを革ベルトでとめる。ジャケットは分厚く、寒地でしか使われないものだ。これも紺色であるが、たすき掛けに赤いラインが入っている。


「普通は死んじゃうよ。ふらっと前になんか出たらさ、に、こう、バンバン撃たれて」


 くわえ煙草を地面に吐き出し、ブーツに足を突っ込んでから、その火を消す。


「忘れ物はないかな、ああ、これとあれと」


 ジャケットの上からまた腰の辺りにベルトを巻いて、そこに小さな収納箱を取り付ける。


「一服したら行こうかな」


 早く行け。マッチを探していると無線が急かしてくる。ため息を煙の代わりに吐き出して天幕の外に出た。


「行きますよ行きますよ。それがお仕事ですからね。魔法をあてにしすぎるのもどうかと思うけど」


 煙草をくわえ火をつけた。「着装」


 途端に足下に光線が幾何学を描き、円で囲まれ陣となり、やや円柱をかたちづくるように発光しだした。

 それに合わせ、彼女を黒い装甲が包んでいく。

 無骨な手甲はうるしのような照りを放ち、肘までを覆い、肩にかけては滑らかに皮膚に沿って伸びた。すね当ても同様に爪先から太ももの中程までを隠す。

 胸当てにもそうした無骨さがあって、残った弾痕がそれに拍車をかけている。


「準備完了。詳細は」


 北に十キロ、ヨーディ村で陣地を造り守戦している。四十名は補給線が切れるまで前進したために孤立した。指示を出した少尉は功を焦り、そして一番最初に戦死した。


 そういう報告に、彼女は自らのことのように辟易し、舌を出す。


「たまんないね」


 指揮は曹長がしている、急げ。ぶつりと伝令は切れた。


「さあて、行こうか」


 脚甲の背部、かかととふくらはぎの裏側に格納された短い排気管が顔を出す。

 同時に手を前へ突き出す。手甲から射出されたワイヤーが進行方向の地面へと突き刺さり、太くコーティングされる。


 排気管が甲高く鳴った。熱波と青い火を吹き、推進力が轍を刻み、じりじりと少女の体を推し進める。ブレーキの役割をワイヤーが担い、それが切れれば彼女は一瞬で風と同化するだろう。


「もう少し我慢しろよ。すぐに奇跡を届けてやる」


 ワイヤーが切れた。切れると、そこには彼女の姿はなく、オオと爆音を響かせて好は隼のような速度で出発した。


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