二十一話

「清水」


 平良さんは驚いた表情で、スマホ片手に入って来る清水さんを見た。


「松葉を殴ったら、またお父様に怒られるんじゃないですか、平良お姉様?」


 清水さんの言葉を聞いて、「うっ!」となった平良さんの腕の力がミルミル弱まっていく。


「良いですよ、平良さん。私のことを好きなだけ殴ってくれて。でも、私を殴れたらの話ですけど」

「テメェら」


 清水さんの読み通りだった。

 静香ちゃんをイジメていたのが発覚し、急遽、体育倉庫からカメラが外れた。おそらく、阿雲さんは平良さんの乱暴癖の為、平良さんが人を殴っても証拠が残らない為に外した。

 と言うことは「カメラの前では二度と殴るな」と阿雲さんから命令されていると踏んでいた。

 私の制服の胸にはカメラがあるんだ。殴れるはずがない。


 これで美月は守れた。


「二度と土師美月に手を出さないと約束していただけますか、お姉様?」

「お姉さまって気安く呼ぶんじゃねぇよ。貧乏人がよ」


 平良さんは面白そうに笑い出した。


「だがな。私らは美月を一方的にイジメてたんじゃない。美月に暴力を振るわれたから、お返しにやってるんだよ。先に仕掛けて来たのは美月の方なんだよ」


 平良さんが「おい」と取り巻きのスマホを差し出させた。


「この映像を見てくれよ。このカス女がこの倉庫で一方的に私たちを殴っている姿をさ」


 スマホにはこの前の倉庫でのやり取りが都合よく編集されて、美月が一方的に平良さんを殴っているようになっていた。


「それだけじゃ無いよな、松葉ちゃん。お前もコイツに色々と酷いことをされたよな? その映像をネットに流せば、松葉ちゃんの仕返しにもなるんじゃないの?」


 平良さんは私と清水さんにしか分からないように、私たちを脅迫し出した。美月の取り巻きを脅迫していた時のやり方だ。

 要約すれば『お前達が美月から手を引かないと、ソイツの映像をネットに流すぞ』と言っている。

 そうなれば、私が考えている復讐どころじゃなくなる。そんな美月と仲良くしていたら、私たちまで社会的に抹殺されてしまう。


「じゃあアタシが責任を持って、正義の鉄槌を美月に喰らわせてやるよ。映像が広まれば、スグに美月は社会的に抹殺だ」

「別に私と松葉はそれでも構いませんよ」


 そう言って清水さんが自分のスマホを操作し始めた。


「ただし。その時は私達も、この動画をネットにアップさせていただきますから」


 清水さんのスマホから流れた映像を見て、平良さんの表情が変わった。

 それはこの前、跳び箱の中から私の胸のカメラで撮影された映像を切り抜いたものだったからだ。

 そこには平良さんが美月を殴るように命令してる所から、美月の元取り巻きを脅迫しているところまで、この前の一部始終が全て映っていた。


「テメェ、なんでそんな映像を持ってるんだ!」


 清水さんが言っていた「師匠」と言うのは、阿雲さんの部下の一人なんだそうだ。

 あの日は清水さんの師匠は、私の胸で撮影したこの映像を人目に触れる事なく、持ち出したのだという。阿雲さんには「娘さんの暴力が映っていたので消去しました」と報告して。


「アナタが土師美月から手を引かないなら、この映像が世に晒される事になりますけど、良いんですか?」


 グッと追い詰められた平良さん。しかし、すぐに表情を元に戻した。そして勝ち誇ったように笑い出した。


「お前、馬鹿かよ。自分がスパイだって、堂々と白状してんじゃねぇかよ」


 平良さんの言う通りだ。

 この前、清水さんがアパートで『使うには少し危ない橋を渡らないといけない代物』と言っていたのは、この事だった。

 証拠は映っているけど、清水さんとその師匠が反阿雲圭一派である事が明らかになってしまうと言うリスクがあるのだそうだ。


「まさか、テメェがスパイだとはな。むしろ、それをパパに報告すれば、それこそ大手柄じゃねぇか。テメェとグルの部下も血祭りだぜ」


 平良さんは思わぬ手柄を手に入れて、笑いが止まらなくなっていた。


「私の方の動画はパパに頼めば、スグに消して貰えるからな」

「お父様へ報告、できるんですか? お姉様」


 勝ち誇って笑う平良さんを、見下すような笑みで清水さんがニヤッと笑った。


「私らがスパイだって報告するって事は、アナタの土師美月、その取り巻き二人へのイジメも、お父様にバレるって事ですよ?」


 私には何を言ってるのか分からなかったけど。清水さんのその一言で、平良さんの顔がみるみる青ざめて行った。


「私は、この体育倉庫からだけ監視カメラが無くなったと聞いた時、恐らく、お父様がお姉様の暴力癖のガス抜きの為、この場所を提供しているのだとスグに分りました」


 私は清水さんの目の合図と同時に、美月の両耳を手で塞いだ。美月は暴れたが怪我をしている手前、スグに観念した。


「でも、その後、松葉から『いじめっ子の殲滅』って言う、聞いた事もない言葉が出た時にハッとしたんです。

『もしかしたら、お父様はお姉様の暴力癖のガス抜きに別の役割を与えたんじゃないか?』って。

 それが、この体育倉庫での『いじめっ子の殲滅』と銘打った。いじめっ子達への暴力を許可する事だったんじゃないんですか?」


 清水さんの言葉に平良さんの額から汗が出始めた。


「お父様からしたら、面白いデータが取れたら手柄になり、別に何も取れなくてもアナタの暴力癖が余計なことをしなければそれで良かった。

 でも、アナタにとってこれはラストチャンスだったんじゃないですか?」

「ラストチャンス?」


 私が聞くと、清水さんが私の方を振り返った。


「この前に言ったでしょ。あの男は近々、誰かと再婚する。その時に平良を娘として連れて行くかどうかのよ。次の結婚相手が有力な権力者だとしたら、あの男は婿養子になるはず」

「清水、テメェ!」

「一回、海道静香へのイジメが発覚した事で、お姉様を捨てる考えをお父様は検討した。でも、ここで手柄を上げられれば、お姉様はお父様に気に入られ、再婚相手の家柄に迎えられる。

 でも、後一回でもしくじったら、役立たずの娘は捨て、あの男だけが権力者の婿養子となる。だから、お姉様は何が何でも手柄が欲しいんですよね?」


 そうして清水さんはもう一度、スマホの映像を平良さんに見せた。平良さんが美月を一方的に殴っている映像だ。


「なのに、こんな映像が一瞬でも世に出て、お父様の目に触れたら、どうでしょう? お父様はきっと上司に呼び出され、映像の真偽を問われるでしょうね。

 その時にあのお父様なら、なんて言うでしょうね? 私の予想だと、こうじゃありませんか?」


 清水さんは「こほん」と一回小さな咳をした。


『娘が勝手にやった事です。何度注意しても治らないんです。本当に困った問題児です。私は何も知りませんでした。でも、近々、その娘とは縁を切りますので御安心してください』


 平良さんの顔がみるみる赤くなって、腕の震えが止まらなくなっているのが私からでも見えた。


「あの出世しか考えていないクズ男なら、平気でアンタなんか切り捨てるわよ。もちろん、養子で行くのはあの男一人だけ。アンタは私とお母さんの方へ捨てられる。

 もう一回でもポカをやったら、手柄なんていくら上げたって意味ないのよ。アンタはどれだけ頑張っても地獄行きなのよ。バカのアナタでもわかりますよね、お姉様?」


 清水さんが馬鹿ように平良さんを笑った。


「それでもお父様の出世を願って、自分が貧乏人の方へと落ちますか? 美しい親子愛ですね」


 平良さんは怒りで、何度も清水さんに殴りかかろうとするのをギリギリのところで必死で我慢している。私のカメラがある以上、動けない。

 清水さんはゆっくりと平良さんの方へ歩み寄る。


「馬鹿な姉に免じて、取引してあげる」

「な、何をだ?」

「土師美月からは手を引いて。そうしてくれたら、この映像は公表しないと約束するわ」

「だけど、だけど……」


 私は清水さんからの目配せで前に出た。


「言い訳には私を使ってください、平良さん。私が盾になってて美月に手を出せないって言えば、アナタの落ち度にはなりません」

「けど、もう無駄なんだよ! この状況も全部、お前の胸のカメラに映ってんだよ!」


 平良さんは全てが終わったと膝から崩れ落ちた。

 そんな姉に清水さんは優しい声で近寄った。


「安心して下さい、お姉様。今、松葉が着ている制服は別のクラスメイトの制服です」

「なっ!」

「ここの来る前に二人で頼んで貸して貰ったんです。松葉の制服は今、私達の教室です。だから、お父様にはバレませんよ」

「なっ!」


 平良さんは唖然とした顔で清水さんを見上げた。

 私は平良さんに近づいて、顔をギリギリまで近付けた。


「約束してください、美月にもう関わらないって。もし、約束を破ったらタダじゃおかないからな」


 私の脅しに、平良さんは悔しそうに体を震わせた。そして、すごい弱い声で、


「わ、わかった……」


 ポツンと言葉が床に落ちた。

 契約が成立した。

 私と清水さんは目を見合って、ニコッと笑った。


「よし! じゃあ、美月、行くよ」

「はぁ、どこにだよ!」


 私と清水さんで美月の手を引っ張り、体育倉庫を後にした。


「とりあえず、私たちの教室へ行きましょ」

「はぁ? なんでお前の教室に行くんだよ!」

「親友だから」

「てか、なんでお前、急に美月って呼び出してるんだよ!」

「親友だから!」

「なんでテメェと仲良くしなきゃいけないんだよ!」

「どっちみち、美月、もう、友達一人もいないんでしょ」


 私がそう言うと美月は「ぐっ」と言って、黙り込んでしまった。図星だったみたいだ。


「これから余り物同士、仲良くしようね、美月!」


 と私がニコッと笑って言ったら、美月の怒りがマックスになり、思いっきりギプスで頭を叩かれた。

 怒った美月は一人で自分の教室へ帰ってしまった。


「美月。休み時間、そっちに行くからね!」

「来るんじゃねぇ、馬鹿!」


 そう言って、自分の教室に美月は消えて行った。


「アナタって結構、無神経よね」


 清水さんにボソッと言われた。


 その日、家に帰ったら久しぶりに私の口座にお金が入金されていた。美月にギプスで殴られた分だとスグに分った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る