二十話
お昼休みのチャイムと同時に教室を出て、私と清水さんは体育館の入り口が見える場所に隠れ、平良さんたちがやって来るのを待っていた。
「来たわ」
渡り廊下を平良さんと取り巻き、美月、美月の取り巻きだった二人が歩いてくる。まるで美月を連行する警察みたいに美月が逃げられないように周りを囲んでいる。
「倉庫の中に入るまで待ちなさい」
「うん」
見ているだけでイラッとして、その場に出て行こうとしてしまった。
平良さんたちは、この前みたいに体育館のドアを開けて、中へ入って行った。
「十分したら行くわよ」
「うん」
十分後。
私と清水さんはドアが閉まっている体育倉庫の前に立った。私がドアを開けようとすると鍵が掛かっている。
何度もドアを叩くと「入ってまぁす」と平良さんのふざけた声が飛んできた。
しつこく何度もドアをドンドンと叩くと、中からドアが物凄い勢いで開いた。
「なんだよ! 取り込み中だよ」
平良さんが直々にドアを開けて、私たちを凄い形相で睨んできた。
「なーんだ、松葉ちゃんじゃねぇか」
私だと解るや、スグにいつもの人を小馬鹿にした態度に切り替えて来た。
「てか、どうしたの松葉ちゃんの顔? まーた誰かにイジメられたの?」
「美月いるでしょ? 出して」
「あ?」
私の口の聞き方に平良さんの空気が一瞬で変わった。
「どうしたの? 松葉ちゃんがアイツに何か用でもあるの?」
「惚けないで。早く、美月を出して」
「なんだ、テメェ。その態度は」
「早く出せって言ってるのよ!」
平良さんが咄嗟にドアを閉めようとした処に、私はギプスでガチガチの右手を素早く、ドアの間に忍び込ませた忍び込ませた。
「アナタ、手!」
私のいきなりの行動に清水さんが目を丸くして驚いた。
「大丈夫、ギプスでガッチガチだから」
とは言っても、衝撃が折れてる骨にまで伝わってきて、正直、脂汗が出るくらいに痛かった。
中から必死でドアを閉めようとする平良さんに対抗して、私と清水さんの二人がかりで倉庫のドアを思いっきり引っ張った。流石に二対一で勝てるはずもなく、倉庫のドアが一気にガッと開いた。
その反動で清水さんが床に倒れ込んだけど、私は構わず、中に入って行った。
中に入ると美月が平良さんの取り巻きに両手を掴まれていた。
「色鳥?」
いきなり私が入って来たことで、美月が驚いた顔でこっちを見た。
「なんだ、テメェ! 勝手に入ってくるんじゃねぇよ」
平良さんの取り巻きが私に手を上げようと、腕を振り上げた。
「私を殴って良いんですか? 平良さん」
私の一言に平良さんの取り巻きはギョッと手を止め、平良さんの方を見た。後ろにいた平良さんの反応は見えなかったけど、取り巻きは萎んでいく花ビラのように振り上げた手をゆっくり下ろした。
「美月を放して」
「いい加減にしろよ。急に入って来て、テメェ何なんだよ」
平良さんがズカズカとこっちに歩いてくる。
「美月を放せって言ってるのよ、ファザコン」
私の急所をついた一言に取り巻き達が一斉にビクッとなった。その隙に美月は腕を振り払って、その場に立ち上がった。
私は美月の腕を引っ張って、自分の後ろに引き寄せた。
「何しに来たんだよ、お前」
「美月は黙ってて」
私が美月を助けに来た状況が理解できていない平良さんは、キョトンとした顔で私を見ている。
その後、自分の威厳を立て直すように、プッと笑った。
「どうしちゃったの、松葉ちゃん? まるで美月と友達みたいな口振りじゃん。ソイツはお前のことずっとイジメてたカス女でしょ? もしかしてコイツに弱みでも握られたの?」
平良さんの言葉に合わせて、取り巻き達がクスクスと笑い出す。
「カスはアナタも一緒でしょ。パパがいなきゃ、何もできないファザコン」
「お前、本気で言ってんのか?」
「本気じゃなくて、こんなところに来ると思う? この世で一番嫌いな人間が酷い目に遭ってる現場に」
そう言うと、平良さんが大声で笑い出した。
「なら安心しなよ、松葉ちゃん。私たちがこれからソイツの事をキツううううううく調教してやるから。もう二度と人に危害が加えられないようにさ」
平良さんは私の体を避けて、後ろの美月を取り返そうとしてきた。
私は彼女が伸ばして来た手をパチンと振り払った。
「何しやがんだ、テメェ」
「邪魔すんなって言ってるのよ。美月に復讐するのは、アナタじゃなくて、私なんだから」
「復讐って、お前に何ができるんだよ? イジイジしてるだけの雑魚が」
「だから、美月にはこれから、そんな雑魚の私の親友になってもらいますから」
「「はぁ?」」
美月と平良さんの驚いた声が共鳴した。
「惨めですよね? 自分がイジメてた底辺だと思っていた人間と自分が同じ立場になるなんて」
「お前、何一人で勝手に決めてんだよ!」
平良さんではなく、後ろにいた美月が今度は怒り出した。
「美月はちょっと黙っててくれる。自分がピンチだって立場弁えたら?」
平良さん達は私の言い出した復讐が馬鹿馬鹿しすぎて、大笑いし出した。別に昨日の夜から想像していた反応だ。
多分、これが私が納得のいく復讐だなんて理解できるのは、私と静香ちゃんくらいだろう。
「くだらねぇ。なんだそれ。ただの雑魚と雑魚が体を寄せ合ってるだけじゃねぇか」
「アナタには解りませんよ。とにかく、美月にはこれから私の事が忘れられなくなるまで私の事が好きになって、それで自分がこんな好きなヤツを虐めてたのかって、身をもって後悔させてやるから。だから邪魔なのよ、アナタ。私の親友に手を出すなよ」
私が本気だと解るや、平良さんがニヤニヤした表情を鬼の形相へ変えていく。
まるで、今まで正体を隠していたボスが、本当の姿を見せたような空気の変わりようだった。
「お前、そんな事言って、わかってんのかよ?」
「何がですか?」
「何がって、その……」
平良さんが私の制服の胸の腕章をチラッと見た。
「こんな邪魔して良いと思ってんのか!」
「私、何も破ってませんから。一人で大好きなパパに怒られてれば」
「テメェ!」
平良さんが、私に平手打ちを喰らわせようと手を振り上げた。
「その人を殴って良いのかしら?」
そこに清水さんがゆっくりと中へ入って来た。
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